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畳の上に、乱暴に投げ出されたリュックが転がる。旅館の一室。夜の空気は重く、窓の外では他の部屋の笑い声が遠くに響いている。
けれど、この部屋だけは異様な静けさに包まれていた。
「おい、起きろよ。寝るなって」
肩を蹴られ、遥はうめき声を上げる。
「……やめろよ」
「は? なんだその口の利き方。修学旅行で調子乗ってんの?」
結城の声は笑っていた。
だが、その笑いはまるで刃物のように冷たかった。
背後で、ほかの男子がスマホを構える気配がする。
「さっき、バスで日下部と話してたな」
「別に……話してただけだろ」
「“だけ”って言うなよ。お前が誰と話すかで、俺らの機嫌も変わるんだよ」
言葉の直後、頬に重い衝撃。
視界が一瞬揺れる。
畳に倒れ込んだ遥の髪を、誰かが掴んで持ち上げる。
「なに、カッコつけてんの? 黙ってりゃいいんだよ、お前は」
「……もう、やめろって」
「は? 命令口調?」
拳がまた飛んできた。腹に、肩に、迷いのない速度で。
「声出せよ」
「……痛っ……」
「聞こえねぇ! もっと!」
「痛いって……やめろ!」
結城が鼻で笑う。
「ほらな、ちゃんと喋れんじゃねぇか。ずっとそうしてろよ」
床に手をつく遥の背中に、別の男子が足を乗せる。
ぐっと体重をかけると、空気が抜けるように遥の呼吸が詰まった。
「お前さ、なんでまだ来てんの? 学校も、修学旅行も、いらねぇだろ」
「……行けって言われたからだよ」
「誰に?」
「……先生」
「へぇ、言い訳? そういうとこムカつくんだよな」
再び、足が踏み込む。
腹の奥で何かが潰れるような感覚。
喉が勝手に鳴る。
「ほら、言ってみろ。“俺が悪かった”」
「……っ……」
「言えねぇの? じゃあ、まだわかってねぇんだな」
部屋の明かりが、誰かの笑いで揺れる。
笑っているのに、誰も楽しそうではない。
そこにあるのは、ただ“痛みを与える側の快楽”だけだ。
「ほら、日下部に伝えとけ。“お前のせいでこうなった”って」
「……言わねぇよ」
一瞬、空気が張りつめた。
次の瞬間、頬を打つ音が響く。
遥の身体が倒れ、畳にこすれる。
「言わねぇ? へぇ」
「……もう、どうでもいい……」
「違ぇよ。俺らが“どうするか”決めるんだよ」
背中を押さえつけられ、顔が畳に沈む。
そのまま結城が低く囁く。
「お前の“どうでもいい”で、俺らどれだけ楽しめると思ってんだ?」
静かな笑い声が広がる。
誰も止めない。
誰も迷わない。
遥は息を荒げながら、拳を握った。
だが、その拳は振り上げられることもなく、ただ震えていた。
自分が人間として扱われない夜。
それが、もう何度目なのかさえ、覚えていなかった。