テラーノベル
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黒板に新しいルールが殴り書きされた。
──「今日のテーマ:裏切り」
「簡単だ。どっちかが“相手を加害者にした証言”をすれば、その日の罰は免除」
「逆に、二人とも黙れば“二倍”で処刑な」
ざわめきが一気に膨れあがる。机を叩く音、誰かの足音がわざと大きく響く。
教師は腕を組み、淡々と告げた。
「記録するぞ。協力しない場合は二人とも“0点”だ」
遥は心臓を握りつぶされるような感覚に襲われた。
──これが、狙いか。
互いを信じる気持ちを引き裂いて、残虐な見世物に変えること。
「さあ、どっちが先に裏切るか見ものだな!」
「日下部が遥を売るに決まってる!」
「いや、あの汚物だろ。どうせ裏切る」
教室が笑いに満ちる。視線は二人に集中する。
重苦しい沈黙の中、日下部がゆっくり口を開いた。
「……俺は、やらねぇ」
その声は揺るぎなかった。
しかし、それは逆に刃となって遥の胸に突き刺さる。
──なんで。なんでお前はそうやって。
俺なんかのために、傷つこうとするんだ。
俺を“売れば”済む話なのに。
「ほら遥! お前が言えば楽になるんだぞ!」
「昨日だって真似して笑いとれただろ? 今日もやれよ!」
笑いと怒号が入り混じる。
背中を押されるように、遥の喉がひくついた。
「……っ」
声を出そうとするだけで、吐き気がこみ上げる。
裏切れば、確かに今日の痛みは免れる。
けれど──その瞬間、唯一自分を信じてくれる日下部を壊すことになる。
「言えよ! お前が一番似合ってるだろ、“加害者役”!」
「どうせ家でもやってんだろ! 汚物!」
笑い声に混じって、教師のペンが紙を走る音が聞こえた。
その音が、遥には判決文のように響く。
──俺は。
俺は……。
遥が口を開きかけた瞬間、日下部が机を蹴り飛ばした。
教室に轟く衝撃音。空気が一瞬止まる。
「ふざけんな! こいつは──何もやってねぇ!」
日下部の声が教室を切り裂いた。
「やってるのはお前らだ! こいつを殺して笑ってるお前らだ!」
沈黙。
そして、爆発するような嘲笑。
「出た! 正義マン!」
「かっけー! じゃあお前が全部背負えよ!」
「追加だ追加! 二人まとめて“暴力コース”だ!」
黒板に太字で「特別加点:公開リンチ」と書き加えられる。
教師は無表情のまま、「記録済み」と呟いた。
その瞬間、椅子や教科書が一斉に飛び、殴打の嵐が始まった。
笑い声が響き、教室は見世物小屋と化す。
遥は殴られながらも、隣で同じように倒れる日下部を見た。
──バカだ。お前は、本当に、どうしようもないほど。
それでも、その不器用な背中に、遥の胸は焼けるような痛みを抱いた。
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