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教室での混乱が落ち着いた後も、空気は張りつめたままだった。二人は机に背をつけ、打ちのめされた身体を抱え込む。だが、日下部は遥の手にそっと触れることで、「壊れていない」と無言で伝えた。その目だけが、教室の狂気の渦から守る灯になっていた。
しかし、蓮司の策略は教室内だけに留まらない。
翌日、クラスに配布されたプリントには、日下部と遥が家庭で抱える「問題」を匿名で掘り起こすような質問が並んでいた。
「兄弟姉妹との関係について正直に書け」
「親からの叱責や暴力はあったか?」
「家で守ってくれる人は誰か?」
教師は保健室で“回避役”を演じつつ、プリント提出と解答を密かに監視していた。表面上は配慮のある対応だが、裏では二人の情報を点数化し、クラス内の加害ポイントに換算する。
「これで、今日の得点上位者には“特別面談”や匿名の加害免除もある」
日下部はプリントを見た瞬間、硬く眉を寄せた。
「……やるのか?」
遥は黙ったまま、肩を震わせている。
口を開けば、家での日常がさらされ、笑いものにされる。黙れば、昨日以上の罰が待つ。
クラスメイトは楽しげに笑い、誰が点数を稼ぐかを囁き合っている。だが、日下部は遥を守る覚悟を決めた。
「俺が一緒にやる」
「二人でやれば、壊されても分散できる」
プリントの“質問”に答えながらも、日下部は自分の名前や行動を曝け出すことなく、遥が家庭のことを書き込むのをそっと庇う。
「嘘でもいい。書きたくないことは書くな」
遥の手がペンを止める。目に涙が滲むが、書かないことで日下部に背中を預ける。
教師は表情を変えず、記録だけを続ける。クラスの興奮は止まらず、加害の輪はさらに強化される。
しかし、日下部の存在は一種の防波堤となり、遥の完全崩壊を防いでいた。
だが蓮司は、まだ満足していない。
教室内の加害者たちは、日下部に対する苛立ちと、点数を稼ぐ快感に煽られ、ますます強烈な攻撃を計画する。
「次は、昨日より上の“家庭との連動罰”だ」
誰もがその準備を待ち構えている。
遥は、自分が加害者として“見られること”と、日下部を守りたいという願いの間で、心を引き裂かれる。
(俺が触れたわけじゃないのに、なんでこんなにも……)
(でも、あの目だけは、壊せない)
日下部は静かに肩を揺らし、手を握り返す。言葉はない。
その沈黙が、教室という地獄で唯一、遥を生かしている光だった。
蓮司は裏で微笑む。
加害者のゲームは、日常の破片を切り刻み、二人の信頼と心の境界線を、娯楽のように弄ぶ。