コンビニの前で、遥は缶コーヒーを手に立っていた。人通りの中、心臓は早鐘のように打ち、手のひらは汗で湿っている。
「……遥さん?」
後ろから声がした。振り向くと、結城の弟が立っていた。相変わらず無邪気な笑顔だ。
遥は唇を強く噛んで、小さく返す。
「……ああ……」
弟はにこやかに話しかけてくる。
「また会えると思ってなかったけど、偶然だね!」
遥の胸の奥で、結城に徹底的に痛めつけられた記憶が疼く。
身体も心もまだ痺れるように痛み、逃げたくても、無視することもできない。
「……そ、そうだな……」
声はかすれ、震えている。
弟は気づかず、笑顔で続ける。
「元気そうでよかった。前会ったときは緊張してたけど、今日は少し落ち着いてるね」
その無邪気な言葉が、遥の胸を抉る。
嬉しいはずなのに、結城の顔が一瞬で脳裏をよぎる。
あの時の蹴り、踏みつけ、声を奪われた記憶——。
「……ああ……」
小さく答えるだけで、缶コーヒーを握る手に力を込める。
逃げたいのに、無理に会話を続けなければならない自分がいる。
弟は続ける。
「また、どこかで会えたらいいな」
遥は視線を落とし、わずかに頷く。
心の中では、傷と恐怖が渦巻き、ただ逃げることしか考えられない。
弟は笑顔で手を振る。
遥も無理に手を上げて応えるが、その背中の温もりと、心の奥の痛みが同時に胸を締め付けていた。
居間のソファに腰かけ、結城の弟はゲーム機を手にしていた。
テレビの画面に目を向けつつも、ふとさっきのことを口にする。
「ねえ、兄ちゃん、さっき遥さんと会った。ちょっと、変だった」
結城は冷たい目を細め、弟の声を聞きながら背筋を伸ばす。
「……何が変だって?」
声には軽い注意が混じるが、内心では怒りが芽吹いていた。弟に知られずとも、遥への苛立ちがこみ上げる。
「うん、なんか……ぎこちなくて、手とか震えててさ。話すのも少し遅くて……」
弟は無邪気に心配していた。
結城の唇がゆるりと曲がる。
「ふん……そうか」
短い返事の中に、冷たい軽蔑が滲む。弟は気づかない。
「なんかかわいそうっていうか……」
弟の声は、家族にしか見せない無邪気さで弾む。
結城は手元のコップを握りしめる。
「……かわいそう、か」
呟く声は低く、床に落ちる影のように冷たい。
弟はその言葉の重さに気づかず、明るく続ける。
「だって、なんか困ってたみたいだし」
結城は視線を弟に向ける。怒りと嫌悪が入り混じる。
(……くそっ、あいつが絡んだせいで、弟がこんなふうに……)
弟の言葉を聞くたび、遥を徹底的に痛めつけたくなる衝動が湧き上がる。
「……なるほどな」
結城は短く呟き、弟には理解したふりだけを見せる。
実際の思考は、遥への怒りと計画でいっぱいだった。
弟の無邪気な観察が、結城にとって遥を痛めつける口実そのものになったのだ。
弟は画面に目を戻し、無邪気に笑う。
結城はその背中を見ながら、次に遥に対して何をするか、冷酷に思案を巡らせていた。






