テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
4,419
27
ruruha
1,134
きゆう
74
📩 相談
高校2年・Nさん
仲のいい友達に腹が立つと、その子のことが全部嫌になります。
この前、友達と文化祭の準備をしていたとき、私が作った飾りを見て「これ、ちょっとダサくない?」と言われました。
その子は笑いながら言っていて、たぶん本気で傷つけるつもりはなかったんだと思います。でも、私は結構時間をかけて作ったので、すごく嫌でした。
「じゃあ自分で作れば」と言ったら、相手も「そんな怒ること?」と言ってきて、そこから気まずくなりました。
そのあと、別の友達がその子に話しかけているのを見ても、なんとなく腹が立ちました。私には謝っていないのに、普通に笑っているのが許せなかったんです。
帰宅してからも、前にその子に言われた嫌なことを次々と思い出しました。
そういえば、あのときも私の話をちゃんと聞いてくれなかった。前にも私の好きなものを馬鹿にした。私が困っていたときだって、あまり助けてくれなかった。
考えているうちに、「この子って、実はそんなにいい人じゃないんじゃない?」と思えてきました。
でも、冷静になると、楽しかったこともたくさんあります。私が落ち込んでいたときに話を聞いてくれたこともあるし、一緒にいて楽しいと思うこともあります。
それなのに、一度腹が立つと、今まで好きだったところまで全部どうでもよくなります。
相手が謝ってくれたら、また普通に戻れるのかもしれません。でも、謝ってもらうまでは、相手のいいところを認めるのも嫌です。
自分が怒っているときだけ、その人の全部が悪く見えるのはどうしてなんでしょうか。
こんなふうに相手を嫌いになる自分も、嫌です。
遥「……怒ってるときって、前のことまで思い出すよな」
蓮司「今回のことだけじゃなくて、過去の不満まで一斉に出てくるんだろうな。今の出来事が、前から気になってたことを引っ張り出す」
日下部「Nは、飾りを馬鹿にされたことが嫌だったんだろ。時間をかけて作ったものだったから」
遥「うん。頑張って作ったのに、簡単にダサいって言われたら、俺も嫌だと思う」
蓮司「で、相手が謝ってないのに楽しそうにしてるのを見て、さらに腹が立った。自分はまだ嫌な気持ちのままなのに、相手はもう何とも思ってなさそうだから」
遥「……自分だけ引きずってる感じがするんだろうな」
日下部「相手が本当に何とも思っていないかは分からないけどな。ただ、Nにはそう見えたんだろう」
蓮司「それで、相手の嫌なところを探し始める。今回だけじゃなく、前のことまで持ち出して、『やっぱりこいつはこういう人間なんだ』って」
遥「でも、実際に前にも嫌なことがあったんだよな?」
蓮司「そうだな。だから、全部が思い込みだとは言わない。過去のことも含めて、相手との関係を考える必要がある場合もある。ただ、腹が立ってるときに思い出したことが、全部同じ重さで並んでるとは限らないだろ」
日下部「今、何が一番嫌だったのかが分からなくなることはある。小さい不満まで積み重なって、今回のことがきっかけで一気に出てくるから」
遥「……そっか。今回の言葉だけじゃなくて、前から我慢してたこともあったのかもしれない」
蓮司「そこは本人が考えるところだな。もし前から嫌なことが続いてたなら、今回だけ謝ってもらっても解決しないかもしれない。でも、今回腹が立った勢いで、過去の全部を『嫌な思い出』に塗り替えてしまうこともある」
遥「塗り替える……」
蓮司「例えば、前に落ち込んでたときに話を聞いてくれたことがあったんだろ。今はそれもどうでもいいって思ってる。でも、実際に話を聞いてもらったことまで、なかったことになったわけじゃない」
遥「……そうだな」
日下部「相手のいいところを認めることと、今回のことを許すことは同じじゃない。いいところがある人でも、嫌なことを言う場合はある」
遥「でも、怒ってるときって、相手のいいところを認めたら、こっちが負けたみたいに感じることもあるんじゃないかな」
蓮司「あるだろうな。自分が傷ついたのに、相手のことを認めたら、自分が大げさだったみたいに思えるとか」
遥「……うん」
蓮司「Nは、相手が謝ってないうちは、いいところを認めたくないって書いてるだろ。たぶん、相手に腹を立ててる自分の気持ちを、ちゃんとしたものとして保っておきたいんじゃないか」
日下部「どういうことだ?」
蓮司「相手にもいいところがあるって認めたら、『こんなことで怒る自分がおかしいのかな』って考え始めるかもしれない。だから、相手の悪いところを集めて、自分が怒っている理由を固めてる」
遥「……それ、あるかもしれない。自分が嫌な思いをしたことまで、なかったことにしたくないんだよな」
蓮司「そう。だからって、相手の全部を悪くする必要はないんだよ。Nが傷ついたことは、相手にいいところがあったからって消えないだろ」
日下部「逆に、相手に悪いところがあったからといって、今までの楽しかったことが嘘になるわけでもない」
遥「……両方、あっていいんだな」
蓮司「人間なんだから、そりゃそうだろ。いつも優しい奴が誰かを傷つけることもあるし、普段は苦手な奴に助けられることだってある。一つの出来事だけで、その人の全体を決められるほど単純じゃない」
遥「でも、腹が立ってる最中は、そんなふうに考えられないよな」
日下部「無理に考えなくてもいいと思う。怒ってるときに、相手のいいところまで思い出して、気持ちを落ち着かせようとしなくてもいい」
遥「え……。いいところも考えたほうがいいんじゃないの?」
日下部「今すぐ無理に考える必要はないってことだ。嫌だったものは嫌だったんだろ。そこを押し込めてまで、相手を公平に見ようとしなくてもいい」
蓮司「日下部にしては、ずいぶん現実的な話だな」
日下部「何だよ」
蓮司「いや、正しいこと言ってるなと思って」
日下部「……普通だろ」
遥「俺、相手のいいところも考えなきゃって思うと、余計に苦しくなることがあるかもしれない。こんなに嫌なのに、あの人はいい人だからって、自分の気持ちを引っ込めなきゃいけないような気がして」
日下部「それなら、今は腹が立ってる。それだけでいいんじゃないか。落ち着いてから考えても遅くない」
蓮司「ただし、怒ってるときに浮かんだ結論を、そのまま相手にぶつけるのは別の話だけどな。『おまえって前からそうだよね』って、過去のことまで全部まとめて言ったら、今度は相手も自分を守ろうとするだろ」
遥「……そうなったら、何が嫌だったのかも伝わらなくなるかもしれない」
日下部「今回のことを伝えたいなら、『あの言い方は嫌だった』って、まずそこから話せばいい。相手がどう受け取るかは分からないけど、少なくとも自分が何に腹を立てたのかは伝えられる」
蓮司「もちろん、話したくないなら、今すぐ話さなくてもいい。少し距離を置いて、落ち着いてから考える方法もある」
遥「……距離を置いてる間に、相手が普通にしてたら、また腹が立ちそう」
蓮司「それはあるかもしれないな。自分の気持ちが片づいてないのに、相手だけ普段どおりに見えると、置いていかれた感じがするんだろ」
遥「うん……」
日下部「でも、相手が普段どおりにしてるからって、Nの気持ちが間違ってることにはならない。相手が反省しているかどうかも、今の様子だけじゃ判断できない」
蓮司「相手が謝ってくれたら、Nは本当に元どおりになれるのかな」
遥「……どうだろう。謝ってくれたら、少しは落ち着くと思うけど」
蓮司「謝ってもらったら、今回のことは終わるかもしれない。でも、前からの不満が残ってるなら、また別のことで腹が立つかもしれないだろ」
日下部「だったら、謝ってもらうことだけを待つより、自分が何を嫌だと思っていたのかを整理するのも必要だと思う」
遥「でも、相手のことを考えたくないくらい腹が立ってるときに、そこまで考えるのは大変だよな」
日下部「だから、今すぐじゃなくていい」
蓮司「Nは、自分が怒ってるときのことも嫌だって言ってるけど、怒ること自体が悪いわけじゃないからな。腹が立った理由があるなら、その気持ちを持つことまで責めなくていい」
遥「……でも、相手の悪いところばかり考えてしまうのは?」
蓮司「それも、腹が立ってるときには起きることがある。ただ、その考えを全部事実として扱うかどうかは、別の話だろ。『今、こいつのことが全部嫌に見えてる』って気づけるだけでも、少し違うんじゃないか」
遥「全部嫌に見えてる、か……」
日下部「今の自分がそう感じていることと、相手が本当に全部悪い人間なのかどうかは、同じじゃない。気持ちが落ち着いたあとに、改めて考えればいい」
遥「……Nは、相手のいいところを認めたら、自分が傷ついたことまで許さなきゃいけないと思ってるのかもしれないな」
蓮司「そうかもな。でも、相手にいいところがあると認めたって、嫌だったことを嫌だったと言う権利はなくならない。仲直りするかどうかも、今までどおり仲良くするかどうかも、そのあとで考えればいい」
日下部「一度腹が立ったからって、すぐに関係を終わらせる必要もないし、仲がいいからって、嫌なことを我慢し続ける必要もない」
遥「……人のことを嫌いになったら、もう好きだった頃には戻れない気がするんだよな」
蓮司「戻る必要があるかどうかも、今は分からないだろ。前と同じ関係に戻ることだけが正解じゃない。少し気をつけながら付き合うようになるかもしれないし、前より話し合えるようになるかもしれない」
日下部「今回のことをきっかけに、相手との付き合い方が変わる可能性もある。それを今、決めなくていい」
遥「……うん」
相談文を読み終えた遥は、少し考えてから口を開いた。
遥「俺、誰かに腹が立ったとき、その人のことを嫌いになりきろうとすることがあるかもしれない」
蓮司「嫌いになりきる?」
遥「嫌なことをされたら、もうその人のことを好きだと思いたくないんだ。まだ好きなところが残ってたら、また許しちゃうかもしれないし、同じことをされても離れられないかもしれないから」
日下部「……なるほどな」
遥「だから、嫌いなところを探して、もう関わらなくてもいいって思えるようにする。そうしたら、傷つかずに済む気がするんだと思う」
蓮司「でも、嫌いなところを探し続けないと離れられないなら、それはそれで疲れるだろ」
遥「……うん」
蓮司「嫌なことをされた。それだけで距離を置く理由にはなるんじゃないか。相手の全部を悪くしなくても、離れたいなら離れればいい」
遥「……そうか。全部嫌いにならなくても、離れていいのか」
日下部「もちろん。相手を悪者にしないと自分の選択を認められない、ということはないからな」
遥は、すぐには返事をしなかった。
相手のいいところを覚えていることと、その人のそばにい続けること。
その二つを、いつからか同じものだと思っていた気がした。
🗝 三人からのことば
遥「腹が立つと、相手のことを全部嫌いになりたくなることがあると思う。まだ好きなところが残ってたら、また傷つくかもしれないから。でも、好きだったところを覚えていても、嫌だったことは嫌だったままでいい。無理に嫌いになりきらなくても、自分を守ることはできるんじゃないかな」
蓮司「怒ってるときに浮かんだことを、全部その人の本性だと決めつけるのは早い。でも、相手にいいところがあるからって、嫌なことを許さなきゃいけないわけでもない。相手の評価を決めることに夢中になるより、自分がこれからどう付き合いたいかを考えたほうがいい」
日下部「気持ちが落ち着いてから考え直すのは悪いことじゃない。ただ、落ち着く前から、自分の怒りを間違いだと決めつけなくていい。嫌だったことがあるなら、まずそれを認めればいいと思う。どうするかは、そのあと考えればいい」
相談室を出たあと、三人は廊下を並んで歩いていた。
「遥、さっきの話、思ったより具体的だったな」
「……何が?」
「嫌いになりきろうとするってところ。何かあった?」
「別に。そういうこともあるかもしれないって思っただけ」
「ふうん」
それ以上、蓮司は聞かなかった。
日下部も何も言わず、階段のほうへ向かった。
遥は二人の少し後ろを歩きながら、昼休みに見かけた光景を思い出していた。
以前、何気ない話をしたとき、笑いながら自分を馬鹿にした相手がいた。
それ以来、その相手が楽しそうにしているのを見るだけで、腹が立つことがあった。 自分に向けられた言葉を思い出すたび、そいつのことを嫌いになろうとした。
優しいところなんてない。親切にするのも、どうせ気まぐれだ。
そう考えていれば、もう期待しなくて済むと思った。
けれど、実際には、そいつが誰かに親切にしているところも見たことがあった。困っているクラスメイトの荷物を持っていたことも、誰かの失敗を笑わずにフォローしていたことも。
それを思い出すと、余計に嫌だった。
自分にはあんなことを言ったのに。
自分に向けられた言葉だけが、なかったことにされる気がした。
「遥?」
日下部の声で、遥は顔を上げた。
「……何?」
「階段、通り過ぎてる」
「あ……」
遥は足を止めた。
「考え事?」
「別に」
いつものように答えてから、遥は少しだけ言葉を足した。
「……ちょっと、昔のこと思い出してただけ」
「そっか」
蓮司はそれ以上聞かなかった。
日下部も、ただ階段のほうを指した。
「行くぞ」
遥は頷いて、二人のあとを追った。
嫌いな相手のいいところを認めたからといって、その人を許せるわけじゃない。
傷つけられたことが消えるわけでもない。
それでも、嫌いになりきるために、相手の全部を悪く考え続けなくてもいいのかもしれない。
そう思った自分を、遥はまだ信じきれなかった。
けれど、その考えをすぐに打ち消すこともしなかった。
コメント
5件
私この物語のキャラ設定すきやわぁ
すっげぇ(すごすぎて語彙力がぁ)
わあ……第40話、すごく沁みました。 「腹が立つと相手の全部が嫌に見える」って感覚、すごくわかります。私も昔、似たような経験があって、遥くんが「嫌いになりきろうとする」って気持ち、痛いほど伝わってきました。でも蓮司の「全部嫌いにならなくても離れていい」って言葉に、読んでる私も肩の力がふっと抜けた感じがしました。 怒ってるときに無理に冷静になろうとしなくていい、っていう日下部のスタンスも、すごくお守りになるなって思いました。ruruhaさんの描く人間関係の深掘り、いつもながら繊細で素敵です🌷