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静かな夕方の相談室。カーテンの隙間から差し込む光が、机の上に細長い影を落としている。 椅子に腰を下ろした少女は、しばらく黙っていた。やがて、ぽつりと口を開いた。
「……本当に優しい人って、どういう人なんだろう」
遥は少しだけ首をかしげた。
「なんで、そう思った?」
「”優しいね”って、よく言われるんだ。断れなくて、頼まれたら何でも引き受けちゃうから。……でも、私自身は全然優しくない。嫌なのにやってるときだってあるし、心の中では面倒くさいとか思ってる」
彼女は自嘲するように笑った。
「それでも、周りは”優しい子”って言うんだよ」
遥は机に視線を落とし、手のひらをじっと見つめた。そこにまだ残る赤黒い痕を、指先でなぞる。
「……優しさってさ、外からは判断できないんだと思う」
「え」
「笑ってなんでも引き受けても、心の中で泣いてたら、それは優しさじゃないかもしれない。でもさ、たとえ心の中で”面倒だな”って思ってても、誰かのためにやれるなら、それも優しさなんじゃないかな」
少女は眉をひそめた。
「矛盾してない?」
「してるよ。優しさって、たぶん矛盾してる。表だけじゃなくて、心の中だけでもなくて……どっちも混ざってるものだと思う」
窓の外でカラスが鳴いた。沈黙が落ちたあと、遥はぽつりと続けた。
「……俺はさ、”優しい”って言われたこと、ほとんどない。むしろ、何もできなかったって責められることのほうが多い。家でも学校でも。でも……それでも俺は、誰かの孤独に寄り添えたらいいって思ってる。寄り添うだけでも、優しさって呼んでいいんじゃないかな」
少女は小さく目を伏せた。
「寄り添うだけで……」
「うん。人を救わなくても、変えられなくても。隣にいるだけで、その人が少しだけ楽になることがある。俺はそれを、優しいって呼びたい」
彼女の唇が震えた。今まで言われた「優しいね」とは違う響きが、胸の奥に残っていくのを感じた。
「……じゃあ、私も優しいのかな」
「そうだと思う。自分を責めながらでも、人のために動いてるんだから。……それは俺にはできないことだよ」
少女は泣き笑いのような顔をして、肩を震わせた。
遥は何も言わず、その姿をただ見つめていた。