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管野アリオ
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Jasmine
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「坂口」
レッスンがある程度進んだ頃、腕組みをしながら志絵の演奏に耳を傾けていた大田が、彼女を呼んだ。
「はい」
「…………」
大田が志絵をじっと見やりながらも、逡巡しているのか黙り込んでいる。
(先生、どうしたんだろう? 私の演奏が相変わらず下手過ぎて、呆れて物が言えないとか……?)
思い返せばここ最近、仕事も多忙だった事もあり、練習がほとんどできていない。
サボッているのを隠すように、志絵はバツの悪い面差しで、瞳をキョロキョロと宙に浮かせた。
やがて、彼女の様子を伺いながら、師匠は口火を切る。
「…………そろそろ、コンクールに出場してみても……いいんじゃないか?」
「……えっ?」
真摯な眼差しを向けられた志絵は、目を見張らせると表情が狼狽えた。
「高等学校吹奏楽コンクールの都大会から、もうすぐ十二年だ。坂口の心には、まだ当時の状況が生々しく刻まれたままなのかもしれない。これは、あくまでも俺個人の考えだけど…………勇気を出して、一歩踏み出してもいいと思う」
大田が志絵から離れると、片隅に置かれたバッグから一枚のチラシを取り出し、小さな手に差し出された。
「こっ……これ……」
チラシを受け取った志絵は、視線を落としつつ目尻を下げた。
「全日本サキソフォン指導者協会が主催する、サックスのソロコンクールだ。今の坂口なら、俺は……全国大会出場も夢ではないと思ってる」
「…………ソロコン……ですか」
「東京地区大会は七月。全国大会は十一月。自由曲のみで制限時間は十分。伴奏ありでも無伴奏でもOK。複数の楽曲を演奏してもOK」
恩師がバッグの横にあるスコアを引き寄せて譜面台に立て掛けると、志絵の方に向けた。
「もし坂口がソロコンに出るというのなら、俺はこの曲がいいかな、と思うんだけど」
大田が彼女のために選曲したのは、J.S.バッハの『無伴奏チェロ組曲第一番 プレリュード』のサックスソロアレンジ。
「念のため、ではないけど、アルト、テナー、バリトンの各スコアを持ってきた」
「バッハ……ですか……。この曲、好きですけど難しそう……」
「無伴奏チェロ組曲第一番のプレリュードは、ソロコンで演奏される事が確かに多い。けどこの曲って三分前後なんだよな。バッハの曲と、もう一曲演奏してもいいし」
「でしたら私…………吹きたい曲があります」
志絵は師匠の顔を見上げながら、意志の通った眼差しを伝わせた。
コメント
1件
管野アリオさん、第25話読ませていただきました。 大田先生が「そろそろコンクールに出てみてもいいんじゃないか」と切り出す場面、じんと来ましたね。志絵さんの内心の戸惑いや「バツの悪い面差し」がすごくリアルで、十二年ぶりに過去と向き合おうとする緊張が伝わってきました。それでも最後に「吹きたい曲があります」と言い切った志絵さんの意志の強さに、胸が熱くなりました。バッハのプレリュードと、もう一曲…何を選ぶのか、続きが気になります🫶