夏祭りの帰り道、提灯の明かりが遠くに霞みはじめる。萌絵と涼は、自然と二人きりになっていた。
隼人たちは屋台の片づけを眺めるとかで、少し後ろに残っている。
「……やっぱりあの二人、今日も距離感おかしかったね」
萌絵が笑いながら言う。
「隼人大地カップル、公式確定」
涼はポケットに手を突っ込み、静かに頷いた。
「まあ、あれは……否定できない」
言いながら、自分の心臓がわずかに高鳴っているのを感じる。
いつもの腐ネタ談義なのに、萌絵と並ぶ距離が、
普段より少しだけ近い。
萌絵は金魚すくいの袋を揺らしながら、
「あのシーン、絶対漫画にしたいな」
と、瞳をきらめかせる。
涼は横目で彼女を見た。
幼い頃から、隣にいるのが当たり前だった人。
夏休みの自由研究も、冬の雪合戦も、
全部この肩のすぐそばに彼女がいた。
――だからこそ、言えない。
「漫画、描いたら見せてくれよ」
いつも通りの声色を保ちながら、
心の奥にしまった言葉を押し戻す。
“好きだ”なんて、軽々しく言ったら、
この当たり前が壊れる気がして。
萌絵は小さく笑い、
「うん、完成したらね。
でも涼は絶対感想くれるもんね」
「もちろん」
二人の足音が、夜風に溶けていく。
祭りの喧騒が遠ざかるほど、
涼の胸には、言えない想いだけが静かに積もっていった。
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