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玄関で、真白が小さく困った声を出した。
「……あれ?」
振り返ると、マフラーを首に巻いたまま、動けずに立っている。
片方の端が、コートのボタンに引っかかっていた。
「どうしたの」
「取れない」
アレクシスは近づき、状況を一目で理解した。
冬のあるあるだ。
「ちょっと待って」
指先で布をたどり、ボタンの位置を探る。
近づいた距離で、マフラーから外の冷たい匂いがした。
「動かないで」
「……うん」
真白は素直に止まる。
そのまま、アレクシスの手元を見ないように、視線を落とした。
絡まった布は大したことはない。
少し引けば外れる。
それなのに、アレクシスは慎重になった。
首元に触れないように。
でも、近づきすぎないように。
「寒かった?」
「うん。今日は特に」
「だから、強く巻いたんだ」
「ばれた?」
「なんとなく」
小さく笑う声が、マフラーの中でこもる。
布をゆっくり引くと、引っかかりがほどけた。
その瞬間、マフラーの端がふわりと揺れる。
「取れた」
「ありがとう……」
真白は一歩下がろうとして、やめた。
そのまま、アレクシスの前に立っている。
「……そのまま?」
「うん」
マフラーは、まだ首に巻かれたまま。
ほどけたのは、引っかかりだけ。
アレクシスは一瞬迷ってから、手を伸ばした。
マフラーの位置を、少しだけ整える。
「きつくない?」
「ちょうどいい」
声が、少し低い。
「じゃあ、このまま行こ」
「どこ?」
「買い物。ほら、鍋の材料」
「あ……」
思い出したように、真白が笑う。
「今日、寒いからさ」
アレクシスは自然に言う。
「近い店で済ませよう」
「それ、優しさ?」
「合理性」
「じゃあ、両方で」
外に出ると、空気は冷たい。
でも、さっきより刺さらない。
歩きながら、真白は無意識にマフラーを触った。
ほどけないように、確認するみたいに。
「さっきさ」
「ん?」
「絡まってたの、嫌じゃなかった」
「なにが?」
「マフラー」
アレクシスは少しだけ視線を前に固定したまま答える。
「……冬っぽかったね」
「そう。それ」
それ以上、言葉は足されない。
でも、歩幅が自然に揃う。
買い物は短時間で終わった。
レジ袋を提げて、帰り道。
「手、冷えてない?」
「少し」
アレクシスが言うと、真白は一瞬考えてから、
マフラーの端を持ち上げた。
「……半分、使う?」
冗談みたいな言い方。
でも、目は真剣だった。
「それはさすがに」
「だよね」
そう言いながら、真白はマフラーを巻き直す。
さっきより、少しゆるく。
家に着く頃には、手の冷えは引いていた。
玄関でコートを脱ぎ、マフラーを外す。
……外したはずなのに、
真白はそれをそのまま手に持って、しばらく動かなかった。
「どうしたの」
「ううん。なんでもない」
マフラーは、ソファの背にかけられる。
さっきまでの温度が、まだ残っている。
「今日、寒かったけど」
真白がぽつりと言う。
「悪くなかった」
アレクシスは、少しだけ笑った。
「それなら、よかった」
マフラーはほどけた。
でも、距離はほどけないまま。
それが、今の冬にはちょうどよかった。