テラーノベル
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相談室に入ってきたときから、距離の取り方が決まっていた。
壁に一番近い椅子。
逃げ道を確保するみたいな座り方。
「別にさ」
先に笑ったのは、相談者だった。
「人間関係に期待してないだけ。どうせ俺、後回しだし」
日下部は、ノートを閉じて机の上に置いた。
「それ、最初から決めてる?」
「決めてるっていうか……」
言葉を探す。
「経験則?」
少し自嘲気味に続く。
「仲良くなってもさ。気づいたら、他に大事な人できてて。連絡減って。最終的に、いなくても困らないポジション」
一息。
「毎回それ。だからもう、最初から期待しない」
日下部は頷かなかった。
否定もしなかった。
「期待しないようにしてる、な」
「……同じだろ」
「ちょっと違う」
日下部は、机に指を軽く置く。
「“期待しない”って言い切れる人は、本当に何も望んでない」
視線が合う。
「でも今の話。結構、望んでたやつの傷だ」
一瞬、空気が詰まる。
「……そんなこと」
「あるだろ」
淡々としているけど、雑じゃない声。
「後回しにされるのが嫌ってことは、ちゃんと選ばれたかったんだろ」
沈黙。
否定が出てこない。
「どうせ選ばれない、って思ってるとさ」
日下部は言葉を続ける。
「選ばれない動き、無意識にする」
「……例えば?」
「距離詰めない、踏み込まない、期待しない顔でいる」
少し間を置く。
「相手も、“この距離でいいんだ”って思う」
相談者は、視線を落とす。
「じゃあ、俺のせい?」
日下部は、即座に首を振る。
「違う。それは生き残り方だ」
少し言葉を選ぶ。
「何回も後回しにされたら、期待する方が危険になる」
声は静かだった。
「選ばれない前提でいれば、傷は最小で済む」
「……でも」
言葉が詰まる。
「それでさ。結局、誰とも深くならない」
日下部は、小さく息を吸った。
「だろうな」
責めない。
でも、現実は誤魔化さない。
「最初から“どうせ”って思ってると、相手が選ぶ前に、自分が降りてる」
相談者の指が、無意識に服の端を掴む。
「……期待してる自分が、嫌なんだよ。みっともないし、どうせ裏切られるし」
日下部は少しだけ眉を寄せた。
「期待するの、悪いことだと思ってる?」
「思うだろ。期待して、何もなかったら一番ダサい」
「じゃあさ」
日下部は、少しだけ声を低くする。
「選ばれたいって思うのは?」
言葉が止まる。
「……弱い」
「普通だ」
即答だった。
「人と関わるなら、選ばれたいは、前提」
間。
「それを恥だと思わされただけだ」
相談者は、ゆっくり顔を上げる。
「……じゃあ、どうすりゃいい」
日下部は少し考える。
「いきなり期待しろとは言わない」
その前置きが、現実的だった。
「ただ、“どうせ選ばれない”って決めるのは、相手の役目、奪ってる」
「奪ってる?」
「選ぶかどうかは、相手が決めることだろ」
一拍。
「自分で先に“選ばれない”にするのは、安全だけど、不公平だ」
相談者は、苦く笑う。
「……期待しちゃったらさ。また、あの感じになるかもしれない」
日下部は、視線を逸らさず言った。
「なるかもな」
逃げなかった。
「でも
期待しなかった結果も、今知ってるだろ」
沈黙が落ちる。
さっきまでと違って、重すぎない沈黙。
「……少しだけでいい?」
小さな声。
「期待」
日下部は、ほんのわずかに頷いた。
「少しでいい。最初は」
「選ばれなかったら?」
「その時は、“自分に価値がない”じゃなくて、“合わなかった”で止めろ」
相談者は、ゆっくり息を吐く。
「……難しいな」
「知ってる」
短く、でも突き放さない声。
「でも、どうせ選ばれないって顔でいるより、選ばれなかった時の方が、まだ前に進める」
相談室の窓から、放課後の音が流れ込む。
完全に信じられたわけじゃない。
でも、少なくとも――
最初から諦める理由は、少し揺らいだ。
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