テラーノベル
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遥は俯いたまま動かなかった。
スマホはまだ颯馬の手の中にある。
返してほしい。
そう思うこと自体が、この家では失敗だった。
「返せよ」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。
颯馬は鼻で笑う。
「返してほしいなら、その言い方じゃねぇだろ」
遥は何も言わない。
言い直したところで結果は変わらない。
それを嫌というほど知っていた。
晃司がスマホを受け取る。
画面を見つめる時間は長くない。
それでも遥には、その数秒がひどく長く感じられた。
「学校では、こういうやり取りをしているのか」
感情のない声だった。
「……ただの連絡だ」
「お前が決めることじゃない」
返す言葉を失う。
沙耶香が肩をすくめる。
「外では心配してくれる人がいるんだ。
よかったね」
その言い方に祝福の響きはない。
あるのは嘲りだけだった。
怜央菜も続ける。
「でも、不思議。
家では何も話さないのに、外では話せるんだ」
遥は顔を上げる。
「勝手に決めつけるな」
言った瞬間、部屋の空気が変わった。
晃司はゆっくりスマホをテーブルへ置く。
「最近、本当に口が軽くなった」
遥は息を呑む。
颯馬はその様子を眺めながら笑っていた。
「学校で何を覚えてきたか知らねぇけど。
その癖は家に持ち込むな」
遥は視線を逸らさない。
怒りがあった。
悔しさもあった。
けれど、そのどちらも口にすれば、自分が不利になるだけだ。
だから黙る。
その沈黙さえ、家族には都合よく解釈される。
「返事がない」
晃司が言う。
「反省しているのか」
「……違う」
「じゃあ何だ」
遥は答えられなかった。
反省ではない。
諦めでもない。
ただ、自分の言葉がこの家では何一つ届かないことを知っているだけだった。
颯馬がテーブルの上のスマホを軽く叩く。
「明日、あいつからまた連絡が来るかもな」
遥の表情がわずかに動く。
それを見て、颯馬は笑みを深くした。
「その程度で顔に出る。
分かりやすい」
遥はゆっくり目を閉じた。
家へ帰る前まで、頭のどこかに残っていた学校での出来事も、日下部と交わした短いやり取りも、この部屋に入ってからは全部「弱点」に変わってしまう。
そのことだけは、昔から何一つ変わっていなかった。
コメント
1件
読了しました。この家の「沈黙さえ武器にされる」感じ、本当に胸が痛みました。遥が何を言ってもねじ曲げられて、学校で交わした普通のやりとりさえ「弱点」にされてしまう閉塞感…… 「その程度で顔に出る」と笑う颯馬の残酷さが、地の文からひしひし伝わってきます。晃司の感情のない声も、沙耶香の嘲りも、怜央菜の「不思議」も、それぞれの距離感が巧みでぞっとしました。遥の「言い直したところで結果は変わらない」という諦念が、読んでいるこちらにも重くのしかかってくるようでした。続きが気になります。