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ゆぴ
54
スミレ
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翌朝。
目が覚めたというより、眠れないまま朝になっただけだった。
遥はゆっくりと身体を起こす。
全身が重い。
動くたびに鈍い痛みが走る。
鏡の前に立つと、制服の襟元を少し引き上げた。
見える場所には残さない。
それが、この家のやり方だった。
シャツのボタンを一つずつ留め、袖を伸ばす。ネクタイを締め直し、乱れがないかだけ確認すると、何事もなかったように部屋を出た。
リビングでは、家族がいつも通り朝食をとっていた。
「おはよう」
怜央菜が笑う。
昨夜の出来事など最初から存在しなかったような声だった。
沙耶香はテレビを見たままパンをかじり、晃司は新聞から目も上げない。
颯馬だけが一瞬、遥を見て口元を歪めた。
「今日は静かだな」
遥は返事をしない。
椅子を引いて座り、味噌汁に箸をつける。
一口飲んだだけで胃が拒絶した。
「残すなよ」
晃司が新聞をめくりながら言う。
「……分かってる」
それだけ答え、遥は無理に口へ運んだ。
誰も昨夜には触れない。
触れないことが、この家では”終わった”という意味だった。
だが、遥の身体は終わったことにできていない。
玄関で靴を履くと、屈んだ拍子に思わず息を止めた。
小さな動作だけで身体が軋む。
それでも学校は休めない。
休む理由など認められないからだ。
家を出ると、朝の空気が少し冷たかった。
校門へ向かう道を歩きながら、遥は制服のポケットに手を入れる。
スマホは返ってきていた。
画面を開く。
未読が一件。
日下部だった。
「今日も来るよな」
短い一文。
それだけなのに、遥の指は返信画面の上で止まる。
昨日のことが頭をよぎる。
このまま返せば、また何か言われる。
返さなければ、日下部は気にするだろう。
どちらを選んでも面倒になる。
遥は画面を閉じ、スマホをポケットへ戻した。
「……知らねぇよ」
誰に向けたわけでもない独り言は、朝の風に紛れて消えていった。
コメント
1件
読み終わりました…。朝のシーン、家族が何事もなかったように振る舞うのが逆に怖くて。触れないことで「終わった」にするやり方、遥くんの身体は終わってないのにね。日下部からの短いメッセージに返せないもどかしさも切なかった。この静かで日常の中に潜む重さ、丁寧に描かれてて胸がぎゅってなります。続きが気になる…。