病室のカーテンが微かに揺れる。
窓から差し込む光は、白い壁に反射して眩しく、でも静かに少年の肌を照らしていた。
名月はベッドに横たわったまま、天井を見つめている。
呼吸は浅く、体温計の先端が微かに震える。
巧はその手元のモニターに目をやりながら、静かに息を整える。
「……大丈夫だよ、名月」
声は柔らかく、でもどこか緊張を孕んでいた。
病室の外には世界が広がっているけれど、巧にとってはこの四畳半ほどの空間がすべてだった。
巧はそっとベッドの脇に腰を下ろし、手を伸ばす。
名月の手首に触れる指先は冷たく、でも生命を確かに感じさせる。
「俺がここにいる。誰も、君を傷つけさせない」
名月は無言で目を閉じる。
その小さな肩が微かに震え、息遣いが手のひらに伝わる。
巧は自分の胸の高鳴りを押さえながら、ベッドの柵に手を添えて、視線を逃さない。
午後の光が病室を温かく染める。
食事の時間、点滴の交換、呼吸の確認――巧は一つ一つ、名月に関わる全てを丁寧に監視する。
「生きてほしい……だから、ここにいて」
心の中で繰り返すその言葉が、少しずつ行動に変わっていく。
ある夜、名月が眠れずにベッドで小さく動く。
巧は布団を直し、枕を整え、指先で髪を撫でる。
その触れ方は優しく、でも独占の気配を帯びていた。
「俺以外の誰も、君を見せない」
名月の瞳が半開きになり、弱々しく巧を見上げる。
「……巧さん、怖いよ」
その声に、巧は胸を締め付けられる。
「怖くてもいい。俺のそばにいるなら、絶対に守る」
掌で名月の頬を包み込み、指先で唇の動きを追う。
日々が繰り返される。
巧は名月の外の世界への接触を慎重に制限し、点滴や投薬も、すべて自分の目で確認する。
「生きてほしい」
その一心で、愛と束縛は完全に重なり、病室は二人だけの世界になった。
名月が微かに吐息を漏らす。
巧はその胸に手を当て、体温を感じ、静かに囁く。
「外の世界なんて、もう必要ないだろ……俺がいる」
夜が深くなるにつれて、病室の空気は熱を帯び、息づかいだけが二人を包む。
巧の指先は名月の腕や肩、胸に触れ、互いの呼吸に合わせる。
名月はもう逃げることも、拒むこともできない。
巧にとっても、それでいい――この檻の中で、二人だけで生きていくことが最優先だった。
窓の外で街の明かりが瞬く。
けれど巧は気にしない。
名月のすべてを掌の中に収めるその感触が、世界のすべてだった。
指先の温もりが、互いの心を重く確かに結ぶ。
「……生きろ、名月。俺だけのものとして」
囁きが、夜に溶けていく。
病室の空気は深く重く、けれど愛に満ちていた。
束縛と独占、愛と監視――二人だけの檻が、今日も静かに閉じられた。
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