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今から二十六年前——
ルプス王国に一人の【孕み子】が生まれた。
レーニア国王の第一子である『ユラン王子』だ。
その子供は幽閉塔に閉じ込められ、二十六年もの長い間、寂しい気持ちや切ない気持ち……何よりも、退屈を持て余して、彼は花びらと一枚の木の葉から一体の『傀儡』を造ったそうだ。
『傀儡』に武器となる魔法具を持たせ、森を走り、両親には内緒のまま、ユランはやっと手に入れた自由を謳歌した。
本来ならば咎められるべき行為だったが、運命は彼に味方する。
【純なる子】と運命の出逢いを果たしたのだ。
彼と共に旅をし、互いに惹かれ合い、皆が待ちに待った日が……とうとう来た。
『インバーション・カース』と獣人達に呼ばれた現象が、この世界から完全に消えたのだ。
波紋に似た美しく温かみのある優しい金色の光は王都を包み、人々を現象から解放し、国中を——果ては、この星までもを包み、三日三晩続いたこの現象は後に『伝説』となった。
(……そう。三日三晩、続いたのだ。——アレが!巫山戯るな!死ぬわ!一思いに喰われた方がマシだったって、本気で思ったわ‼︎)
あの行為により色々とそれなりには満足をしたっぽい、全ての元凶となった『ニャルラトホテプ』の無念やら執念やらといった類のモノは、そこそこには満足した、らしい。
『トウヤ様が傍に居ないとまた力が暴走するかもなので、永遠に離しませんよ』
完全に彼と一体化したユランの言葉だ。
重みがある……あの三日間を体感したので、余計に。
元々ユラン王子は、半神半獣の龍属性を持った下級神であった。いつかルナールが言っていた『会える神様』はユランである自分の事を指していたのだろう。
『過剰な加護を注ぐ』の意図も身をもって知った。……知りたくなかった。
——失礼、脱線してしまったが、えっと……ルプスの王族は少なからずそういった血を引き継いでいるそうだ。今回の件を経て、彼は邪神の力を手にし、一気に最上位の神々の一人となったらしい。額の瞳や肌を這う柄などは、その影響だという。
【孕み子】は繁栄をその身に孕み、【純なる子】の力をもって国に繁栄をもたらす存在だそうだ。
だが今回は、繁栄の為に拡散されるべき『ニャルラトホテプ』の『魔力』は全てユランのものとなってしまった為、彼はこの先、別の方法で国を導くつもりでいるらしい。
本来なら『ユラン王子』が第一王位継承者であったが、その権利はもう彼には無い。八百万の神の一人となったからだ。それにより第二子である金獅子の獣人・ライエンが次の王となる。
渇望してやまなかった立場を彼は得るのだ。父王から『いずれは王位をお前に』を伝えられた日はもう、上機嫌で気持ちが悪かった。
いずれ王になろうがなんだろうが、この先も延々に兄であるユランの言い成りにはなってしまうみたいだけど……まぁ、国民の為に尽くせるのだから幸せなのではないだろうか。——多分。
ライエンは『王太子』となったと同時に婚姻も結んだ。相手は『幽閉塔』で突然姿を表した『魔王・アザトース』だ。ライエンの持つ『召喚術・百獣の王』の能力を最大限に使い、樹海中を埋め尽くす程の魔物を召喚した代償として『私の嫁になれ』と、婚活中だった彼に強制されたらしい。当然の如く彼はアザトースから逃げようとしたみたいだが、『魔王』相手に逃走など全くの無駄で『私のニャルラトホテプが美味しく調理してくれた者を、逃すとでも?』と、あの手この手でそりゃもう……以下略。
魔王・アザトースとレーニア国王はそれなりに仲が良いらしいので、婚姻の話は意外にもあっさり進んだそうだ。むしろ『王太子自らが魔族との橋渡しになって下さった!』と、ライエンの愛しい愛しい国民達から感謝された事で、今は満更でもなさそうだ。
ちなみに『ニャルラトホテプ』の事を『アザトース』が『愛し子』と呼ぶのは、彼の亡くなった前妻との子供が『ニャルラトホテプ』だからだそうだ。なので彼にとっては、『ユラン王子』はもう『我が子』も同然。そうなると……随分と複雑な家族関係が構築される事になるのだが、そこはもう無視しようかと思う。
「——こんな感じで、もういいですか?アグリオスさん」
「んーそうな。今日はここまでで許してやるかぁ」
巨大な図書館である『知識の間』にぷかりと浮かぶプレートの上にあるお気に入りの机に向かい、アグリオスがせっせとメモを書いている。顔はとても満足気で、今夜は執筆が捗りそうだと頷いている。
「何も、僕から話を聞き出さなくても……」
「確かに俺達の諜報能力は最高クラスのもんだが、所詮は第三者視点だ。やっぱモノを書くなら当事者の心境や目線、立ち位置とかを知りたいからな。特に今回の出来事は一生物の物語になるだろうし、事実をありのまま伝えねぇとな!」
ソファーに座っている柊也が両手で顔を覆い、自らの膝に突っ伏した。
(もう許して!何もかも記録されるとか……羞恥プレイっすか!?)
顔は真っ赤だし、もう死にたいレベルで恥ずかしい。アグリオスが言っていた『邪神だし、喰いたいんじゃね?』的な事が、いっそ実現されていた方がマシだったとまで思ってしまう。
「そういや、結婚式はいつやるんだ?衣装は?まさか、またウェディングドレス着んのかね、民衆大衆の目の前で!ウケるな!違和感ゼロレベルで似合うから余計に」
(もういい、誰かトドメを刺してくれ……)
褒められても、柊也は全然嬉しくない。
「……三週間後に、タキシード姿でやるそうです。『どっちも見たい』と言われてたんで助かりました。ユランは『神龍』の姿でとなるそうですよ。国民にお披露目して『国の守護』を宣言するんだって、ライエンが血の涙を流しながら笑顔で教えてくれました」
「マジウケるわぁ!ガチもんの『邪神の呪い』の効力を上回る悔しさってすげぇな!——衣装に関しては正解だな。ウェディングドレスなんかまた着たら、その場で喰われて式に出れなくなるだろうし」
そう言って、アグリオスが腹を抱えて笑っていると「——トウヤ様」と呼ぶ声が不意に聞こえた。
「この声は、ルナール?」
何処から聞こえたのは分からず、柊也が周囲を見渡すと、足元の本棚群から銀色の髪が触手の様に数束伸びてきて彼の体を優しく包んだ。だがその後は、伸ばしたゴムが戻る時の様な勢いで引っ張られ、優しかった意味が無きものとなってしまった。
ユランの大きな声が『知識の間』の中に響き渡り、アグリオスが返事をする間も無く巨大な部屋の中からユランと柊也の姿は消えたのだった。
「今日も随分と長い時間、アグリオスと一緒でしたね……トウヤ様」
記録院の空き部屋で二人。 ガランとした室内の壁に寄り掛かり、後ろから羽交い締めに近い状態で柊也が抱き締められている。
「一時間程度だよ?ルナ、ユランだって僕を放置して何日も居なくなったりするのに、僕はダメとか、意味わかんないよ」
錦糸の様な髪に頰を撫でられ、後頭部はユラン自身が頬ずりをし続けている。彼の肌を這う模様は柊也と接している方へと全て集まり、嬉しそうだ。
(……この柄は生きている、のだろうか)
見た目は随分と変わってしまったが、行動は完全にルナールの時のままで、柊也は困りながらも簡単に絆されてしまう。
「……聞いてないし。でもまぁ、いっかぁ」
甘える事に熱中しているせいで返事をしないユランに対し、柊也がボソッと呟いた。
「そういえば、最近ずっと巨人族の人達と色々やってるけど、あれって?」
「あぁ、あれは随分前にトウヤ様からお聞きした熱気球を作っているのです。猫獣人メイド達はなかなかに器用でして、『仕事が増えたにゃ』と嘆きながらもせっせと造ってくれていますよ。あとは……『飛行機』でしたっけ。セフィルの協力を得て、原理を今学習中です。全く同じは無理でも、近い物を、魔法を動力にして造れないか検証中でして——」
ユランの言葉を遮り、柊也が叫んだ。
「はい。トウヤ様の話をお聞きしていて、興味を持ったのです。技術転用出来れば……今の私でも、『繁栄をもたらす者』になれるのではないかと、ね」
(自分が最後の【孕み子】になった事、気にしてたのか……)
苦笑するユランの気配を背中に感じ、柊也は振り返った。
「……誰も、ユランを責めたりしていないよ。レーニア様達や国民だけじゃなくって、記録院の協力も得たおかげか他国からも批判される処か、『よくまぁアイツらの重た過ぎる腰を上げさせたもんだ』と評価されてるそうじゃない。……僕だって、こうやって……」
座っていた体を反転させ、柊也がユランと向かい合わせになって、膝に脚へと座り直す。
「好きな場所で、好きな事に打ち込む君の姿を見られて、とっても嬉しいよ」
柊也がそう言ってユランの頰に軽い口づけをすると、彼はボロボロと大粒の涙を流しだした。
「トウヤ、さま……トウヤ様ぁ!」
正面から柊也をぎゅうっと強く抱き締め、ユランが彼の唇を激しく奪う。
「トウヤ様、愛していますよ」
「……僕もだよ、ル、ユ、ユラン」
「——また私の名前を間違えたので、今夜はお仕置きですね」
にこっと笑ったユランの顔には影が差している。この瞬間は『あ、邪神と溶けたってマジだわぁ』と何度見ても、柊也は思う。
「お……お手柔らかに、頼みます」
そう言って、柊也は自分からユランの首に抱きついた。
『食事の礼だ』なんて理由で異世界っぽい場所に飛ばされ、『人生を返せ!』と叫んでいた彼はもういない。ちょっと設定盛り過ぎでは?と思うユランと共に、この先の長くなる人生を二人で幸せに生きてゆくだろう。
【完結】
コメント
1件
完結、おめでとうございます!柊也が「人生返せ!」と叫んでいた頃から、まさか熱気球や飛行機造りに発展するとは思わず、ユランの「繁栄をもたらす者」への執着が切なかったです。最後の「お仕置き」の甘さに、こちらまでにやけました。長い旅、お疲れ様でした🌷