夜の繁華街。遥は肩を殴られたまま、薄く笑っていた。相手は不良の大学生。絡まれ、罵られ、殴られても、遥は反撃もしない。ただ、挑発のように立っている。
「……やれよ」
低く吐き出す声は、殴る相手よりも、自分自身に向けた呪いのようだった。
数日繰り返されたその行為を、とうとう日下部が見つける。
人気のない裏道に引きずり込まれるようにして、二人きり。
日下部の手が遥の肩を強く掴んだ。
「ふざけんなよ……何やってんだ、お前」
怒鳴り声が夜に響く。だが遥は視線を逸らし、笑うでも泣くでもなく、ただ沈黙で返す。
「黙るなって言ってんだろ! ……俺に何をさせたいんだよ」
声は苛立ちと混乱で震えていた。
遥はようやく口を開く。
「別に……。どうせ俺なんか、守られる価値ないし」
吐き出すように低く言ったその言葉は、相手を刺すためでなく、ただ事実として投げ捨てられたもののようだった。
日下部の拳が震えた。
「……は? 価値とか……そんな話してねえ!」
怒りは爆発するが、その芯にあるのは理解不能への苛立ちだった。
「お前、何がしたいんだよ。わざと殴られて、俺に見せて、……それでどうすんだよ。俺を試してんのか? 俺をバカにしてんのか? ……どっちなんだよ!」
沈黙。遥は視線を落とし、口の端だけで笑った。
「わかんねえなら、いい」
その冷たくも空虚な声に、日下部は言葉を失った。
守りたいなんて思う前に、ただ「わからない」ことへの苛立ちが胸を焼いた。
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