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練習室に、沈黙と重苦しい空気が漂っていた。
昴は机の上の書類をそっと押さえた。オーケストラからの正式な依頼。外部の舞台で、自分の曲を演奏してもらうことが決まった瞬間の書類だ。
だが翔の目には、怒りと不安が入り混じっていた。
「……裏切ったのか?」
低く震える声。普段の無愛想な表情の奥に、嫉妬と焦燥が渦巻いている。
昴は目を伏せ、慎重に言葉を選ぶ。
「違う……俺は、ただ、音楽家としてやるだけ……でも、翔の側で、音を紡ぐのは変わらない」
だが、翔の怒りは収まらなかった。
「側にいるだと? 俺たちの世界は、お前と俺だけのものだ! 外の誰かにお前の音を渡すなんて……!」
言葉に感情が溢れ、肩が小刻みに震える。
昴は恐怖と胸の痛みを抱え、手を前に伸ばす。
「翔……落ち着いて、お願い……」
しかし、翔の手は鍵盤に叩きつけられた。
――音が割れ、鍵盤の木片が散る。衝撃が昴の胸を直撃する。
「……俺の音は、誰にも渡さない!」
昴は後退し、初めて翔に恐怖を覚えた。
これまで甘く依存される感覚は知っていた。だが、怒りに突き動かされた翔は、制御不能の暴力だった。
胸が締め付けられ、呼吸が浅くなる。
翔は肩を震わせ、鍵盤の残骸を睨む。
「……誰も弾かせない……お前の音も、俺の音も……」
声が震え、怒りと哀しみが入り混じっていた。
昴はそっと翔の肩に手を置く。震える声で囁く。
「怒りも、恐怖も……俺は受け止める。壊れる前に、もう一度、二人で音を紡ごう」
翔は目を伏せ、震える指先で残骸の鍵盤を撫でる。
依存と嫉妬、怒りが混ざり合った複雑な感情に、二人は沈黙のまま向き合う。
練習室には、散らばった鍵盤の破片と、重い呼吸だけが残る。
夜の静寂に、二人だけの世界の危うさが漂った。
だが、互いの手を取り合うことで、依存の絆は完全には崩れない。