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朝、目覚ましより少し早くアレクシスは目を覚ました。
カーテンの隙間から入る光は、もう完全に“日常”の色をしている。
キッチンに立ち、ケトルを置く。
湯が沸くまでの間に、コーヒー豆を量り、ミルを回す。旅行の余韻はまだ残っているが、今日は仕事始めだ。
背後で、足音。
「……おはよう」
寝起きの真白は、少しだけ声が低い。
「おはよう。寒い?」
「普通。でも布団から出るのが惜しかった」
「それはいつもだろ」
「うん」
否定しないところが真白らしい。
コーヒーの香りが部屋に広がる。
アレクシスはマグを二つ並べ、片方を真白の前に置いた。
「今日から?」
「今日から」
「そっか。仕事始め」
真白はマグを両手で包み、湯気を眺める。
「……急に現実だね」
「現実は逃げないからな」
「追いかけてくるタイプ」
「言い得て妙だ」
アレクシスはノートPCを開き、メールを確認する。
未読は多くないが、仕事の速度を思い出すには十分だった。
キーボードを打つ音が、部屋に規則正しく響き始める。
真白はソファに座り、スマホを眺めていたが、しばらくすると視線を上げた。
「……邪魔してる?」
「してない。むしろ助かる」
「何が?」
「生活音があると、集中できる」
「変なの」
「慣れだ」
真白は少し考えてから、テレビの音量を最小にする。
それでも完全には消さない。無音にしない、その距離感。
昼前、アレクシスが伸びをする。
「一区切り」
「お疲れさま」
「まだ午前だけどな」
「でも、ちゃんと始まった感じする」
それは仕事の話でもあり、生活の話でもあった。
簡単な昼食を一緒にとり、またそれぞれの時間に戻る。
真白は洗濯を回し、ベランダに干す。
「今日、風あるね」
「乾きそうだな」
「うん」
白いシャツが揺れるのを、二人で少しだけ眺めた。
午後、アレクシスは再び机に向かう。
真白は本を読みながら、時々ページをめくる音を立てる。
夕方、作業を終えたアレクシスが椅子から立つ。
「終わった?」
「今日はここまで」
「おかえり」
その言葉に、アレクシスは一瞬だけ動きを止めた。
「……ただいま」
仕事始めは、特別なイベントではない。
でも、同じ部屋で、同じ時間を過ごしながら迎えると、少しだけ形が変わる。
日常は、こうして静かに再開していった。
コーヒーの香りと、キーボードの音と、何気ない声と一緒に。