放課後の相談室の扉が静かに開いた。 入ってきたのは、肩までの髪をゆるくまとめた女子高生。
椅子に腰を下ろすと、視線を床に落としたまま、ぽつりと話し始めた。
「……私、見た目が嫌いで」
遥は机越しに彼女を見つめた。
「嫌いって、どういう感じ?」
「顔とか体とか、全部。鏡を見ると、すぐ吐きそうになる」
声は小さいけれど、言葉の重みが室内に沈んだ。
遥はペン先を回しながら答える。
「俺も、そういうのわかる気がする。
家でも学校でも、どう見られてるか意識して、窒息しそうになることある」
女子は小さく息を吐き、手を膝の上で握りしめた。
「でも、どうしても変えられなくて。
友達の前では笑ってるけど、裏では全部嫌い」
少しの沈黙。
遥は机に肘をつき、ゆっくり言葉を選んだ。
「全部嫌いって思うの、疲れるだろ」
「うん……」
「でもさ、嫌いって気持ちがあるってことは、逆に言えば自分をちゃんと見てる証拠だ」
女子が顔を上げる。目は少し潤んでいた。
「見てるだけで、何も変わらないのに」
「変わらなくてもいいんだ」
遥は小さく笑った。
「俺も鏡を見て嫌になることある。でも、嫌だと思った自分を否定しない。
それだけで、少しずつ“自分”として立ってられるから」
女子は眉をひそめ、机の角を指でたどった。
「立ってる……って、ただ存在してるだけでも?」
「うん。存在してるだけで十分価値がある。
顔や体を完璧にする必要はない」
外の空はすでに茜色から藍色に変わり始めていた。
女子はゆっくり息を吸い込み、唇をかすかに震わせる。
「……少しだけ、楽になったかも」
「よかった。焦らなくていい。嫌いな自分と、少しずつ歩いていけばいい」
遥はその言葉を最後に、ペンを机に置いた。
扉の向こうに差し込む夕暮れの光が、二人の影を長く伸ばす。
女子は立ち上がり、軽く頭を下げて部屋を出ていった。
――鏡の前で泣きそうになる日も、
誰かの前で笑顔を作る日も、
そのすべてが、自分を生きる証拠なのだと、遥は静かに思った。