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昼過ぎの陽射しが、カーテンの隙間から淡くこぼれていた。
外では蝉が鳴き続け、空気そのものが光に溶けているようだった。
アレクシスの部屋では、パソコンの画面だけが静かに光を放っている。
翻訳のチェックをしながら、時折マグに口をつける。
冷めたコーヒーの味が、夏の午後にはよく似合っていた。
その隣で、真白がページをめくる音がしていた。
最初は一緒に原稿を見ていたはずなのに、いつのまにか音が止まっている。
顔を向けると、真白はうつ伏せになったまま、ペンを握って眠っていた。
頬に当たる光の反射が、ゆっくりと揺れている。
扇風機の風が髪をかすめ、ページを一枚だけめくった。
「……寝たか」
アレクシスは小さく息をつき、マウスを動かす手を止めた。
蝉の声と扇風機の音だけが、部屋の時間を刻んでいる。
その中に、真白の穏やかな寝息が重なった。
そっと立ち上がり、ソファの端に掛けていた薄いブランケットを手に取る。
音を立てないように近づいて、真白の背にかけた。
その瞬間、真白が小さく動く。
「……アレク?」
「起こした?」
「ん……眠いだけ」
「もう少し寝てていいよ。暑いから」
「……アレクの部屋、落ち着く」
そう言って、再び目を閉じた。
アレクシスはしばらくそのまま見つめ、静かに席へ戻る。
キーボードを打つ音が戻ると、蝉の声も少し遠くなった。
ブランケットの下で、真白の肩がわずかに上下している。
そのリズムが、夏の午後の空気と一緒に、ゆっくりと部屋を包んでいた。
アレクシスはふと窓の外を見上げる。
雲の輪郭が光を帯び、午後の青が深くなっていく。
「……このまま夕方になってもいいかもな」
誰に言うでもなく、そんな独り言を落とす。
それでも、寝息の向こうで真白の口元がわずかに動いた気がして、
アレクシスは思わず笑った。
風がまたページをめくる。
音のない午後。
コーヒーの香りと蝉の声が、ゆるやかに重なっていた。