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教室の端に置かれた古い机。放課後の光は低く、影ばかりを伸ばしていた。そこに、細い影がひとつ近づく。
「……あの、少しだけいいですか」
声は震えている。遥は、何も聞かずに向かいの椅子を引いた。
座った少女は、かばんの持ち手をきゅっと握りしめたまま、言葉を探していた。
「最近……、家に帰るのが、すごく怖くて」
遥は、うなずきもせず、ただ視線を合わせて待った。
「怒鳴られるとか、叩かれるとか……そういうの、別に毎日じゃないんです。でも、”今日はあるかもしれない”って思うだけで、学校にいる間もずっと息苦しくて」
遥の目が、わずかに曇った。
「……”かもしれない”っていうのが、一番きついよな」
少女は小さく首を縦に振った。
「俺も、そうだよ」
「……え?」
「家に帰る途中で、足が勝手に遅くなる。玄関開けるまでの数分が、一日の中で一番長い」
少女の目が、少しだけ揺れた。
「じゃあ……どうしてるんですか」
遥は机の端に肘を置き、遠くを見た。
「何も考えないようにしてる。今日は何もないって、根拠もなく決める。決めたって外れることもあるけど……それでも、決めないよりはマシだから」
少女は唇を噛み、視線を落とした。
――そんなの、意味あるのかな。
そう思ったはずなのに、少しだけ、胸の奥の重さが減っていることに気づいた。
遥は立ち上がり、窓際に寄った。
「また来ればいい。言葉は何も変えられないけど……誰かに渡して軽くなるものもある」
その背中は、どこか同じ痛みを抱えているとわかる背中だった。