それから一ヶ月半が過ぎた。
奈緒はすっかり新しい職場にも慣れ、秘書の仕事もほぼ完璧にこなせるようになっていた。
この頃になると、ボスである省吾の癖や習慣等がわかってきた。
相手の行動パターンさえ把握してしまえば、そこからは奈緒の本領発揮だ。
サポート業務に自信のある奈緒は、とにかく無駄を省き効率を最優先に考えながら、省吾が最高のパフォーマンスを発揮出来る環境を整えていく。
そんな奈緒のサポートのお陰で、最近の省吾にはほんの少し時間的な余裕が生まれるようになっていた。
COOの公平も人事部長の杉田も、奈緒の仕事ぶりをかなり評価している。
もちろん奈緒の秘書としての能力は、ボスである省吾が一番実感していた。なぜなら、奈緒が秘書になってからというもの、省吾の仕事が以前よりもかなり効率よく進んでいたからだ。
そんなある日、秘書室にノックの音が響いた。
「どうぞ」
ドアが開くと、名取美沙が入って来たので奈緒は驚く。
(あっ、面接の時の人?)
驚いているのは奈緒だけではない。さおりと恵子もかなり驚いていた。
奈緒は社内で何度か美沙を見かけた事はあるが、秘書室で会うのは初めてだった。
そこでさおりが美沙に声をかける。
「あら名取さん、珍しいわね。何かご用?」
「アルコール消毒液の補充に来ました」
「ああ、ご苦労様。お願いします」
美沙は無言で中へ入ると、入口にある消毒液のボトルの蓋を開けて液体を継ぎ足そうとした。
その手付きはかなり不器用でノロノロと時間がかかる。まるでわざと時間をかけてやっているようにも見えた。
その時、またノックの音が響いた。
「はーい!」
恵子が返事をすると、すぐにドアが開き省吾が入って来た。
その途端、美沙の瞳がキラキラと輝く。美沙はうっとりと省吾に見とれていた。
しかしそんな美沙には目もくれずに、省吾は真っ直ぐ奈緒のデスクまで来て言った。
「麻生さん、これも追加でお願い」
「承知しました」
「あとこれ、出先でいただいたんだ。良かったらみんなで食べて!」
省吾は高級チョコレート店の紙袋を奈緒に渡した。それを見た恵子が大声で叫ぶ。
「あーっ、それ、最近オープンしたばかりの大人気のチョコですよね? いっつも店の前に長蛇の列のーっ!!!」
「えっ? そうなの?」
すぐに省吾が反応した。
「はい。SNSでも今話題ですよー」
「へぇ、そんな有名店のチョコなら俺も食べたいなぁ……」
そこで奈緒が言った。
「じゃあ後でコーヒーと一緒にお持ちします」
「おっ、サンキュー!」
省吾は嬉しそうに微笑むと、颯爽と秘書室を後にした。
そこでさおりと恵子が話し始める。
「深山さんってやっぱり甘党男子だよねー?」
「ですです。前も日本初出店の焼き菓子にむっちゃ反応してましたからね。今話題のものには絶対グイグイ来る来る!」
「有能な経営者ってそうなんだよー。彼らは常にアンテナを張ってるの。それが例えお菓子だったとしてもねー」
「なるほど~、常にアクティブにリサーチしているんですねぇ」
その時、美沙がバタバタと消毒液の補充を終え、慌てて秘書室から出て行った。
どうやら省吾の後を追いかけたようだ。
ドアが物凄い勢いで バタンッ と閉まるのを見て、さおりがため息をつきながら言う。
「失礼しますくらい言えないのかしらねぇ」
「お嬢様はそんな事は言わないんですぅ」
「でもさぁ、あの人総務へ飛ばされた時、会長のおじい様に訴えたらしいわよ。で、即人事部長に電話が来たんですって。そりゃあもう杉田さん血相変えて大変だったんだから」
「そうなんですか? でも総務に異動になってからはそのままですよね?」
奈緒が不思議そうな顔をして聞いた。
「うん、そう。上が無視したのよ」
「やるじゃんっ、うちの上層部」
「コネでもやる時はやるんですねっ!」
「そう、それがうちの上層部のイイトコロ~♪」
さおりが歌うように言ったので、奈緒と恵子が声を出して笑った。
そして恵子が早速チョコレートの箱を空けて香りを嗅ぐ。
「うーん、上質なチョコレートの香りがムンムンするぅ~♡」
その後三人はそれぞれのボスへコーヒーの準備を始めた。
一方、慌てて廊下に飛び出した美沙は、必死に省吾に追いつこうとしたが、省吾は既に役員室の中だ。
がっかりした美沙は、大きくため息をつきながらエレベーターへ向かう。
「……ったく、なんでこの私がこんな雑用係をやらされなくちゃいけないの? 本当にムカつくっ!」
美沙はイライラしながら呟くと、エレベーターのボタンに指をかざした。
その時美沙のポケットの中の携帯がブルブルと震える。
美沙が携帯を見ると、(株)KDSDに勤めているボーイフレンドからメッセージが届いていた。
美沙は笑顔を浮かべながらメッセージを見る。
【君に頼まれてた件を調べてたら、超スクープが手に入ったよ! 今夜一晩付き合ってくれるなら教えるけど、どう?】
美沙はニヤリと笑うとすぐに返事を送った。
【いいわ! いつものホテルでどお?】
【了解! じゃあ後で!】
美沙はも一度ニヤリと笑うと、鼻歌を歌いながら今到着したエレベーターへ乗った。
コメント
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ニヤリから ヒヤリとするやろ 名取美沙 ヒヤリから ギクリになるやろ 名取美沙 ギクリから リアルにクビやろ 名取美沙 以上、【勝手に名取美沙劇場】でした。
美沙は何を企んでるのか分からないけど、結局自分の首をしめるとこになるんだから大人しくしといたらいいのに…💧 もし奈緒ちゃんの事だとしても省吾さんが守ってくれるはず💕
省吾さん〜甘党なんだ。可愛い〜🤭 それにしても美沙はよからぬ事を考えてるよね🤬🤬 省吾さんの秘書になった奈緒ちゃんに関する事?過去の事を探るような事しないよね?💦