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きょRa
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朝。
「おはよ」
澪継は、昨日と同じ強さで言った。
「おはよー」
春真が返す。
それだけでいい。
「……今日、朝練あるの」
「ある。だるいけど」
「……そっか」
会話が続く。
短いけど、途切れない。
「澪継は?」
「……普通」
曖昧な答え。
でも、逃げではない。
説明しないだけだ。
教室。
席に座る前に、少しだけ迷う。
それでも、足は止めない。
後ろの席。
「……おはよ」
「ああ」
視線だけ向けられる。
昨日と同じ。
でも――
「……昨日の続き、いい?」
続ける。
「何の」
「ノート」
「あー」
少し面倒そうにしながらも、開く。
「ここ、分かんねえ」
逆に聞かれる。
「……ここは」
説明する。
言葉を選びながら。
簡単に。
「……ああ、なるほど」
理解される。
「サンキュ」
短い一言。
「……うん」
それだけで、十分だった。
三時間目のあと。
「なあ」
いつもの三人。
「昼な」
「……うん」
頷く。
でも、そのあと。
「今日も、同じ?」
聞く。
「何が」
「……順番」
一人が笑う。
「好きだなそれ」
「……違う」
即座に否定する。
少しだけ強く。
「ただ、分かってた方がいい」
昨日と同じ理由。
でも――
今日は、言い淀まない。
「まあ、そんな感じ」
「……そっか」
納得ではない。
理解だけ。
昼休み。
机が動く。
中心に空間。
「来い」
呼ばれる。
歩く。
足は、止まらない。
「今日はさ」
笑い声。
「外も使おうぜ」
ざわめきが少し広がる。
「……外」
思わず、声に出る。
「ベランダ。見えるし面白いだろ」
軽い調子。
軽すぎる提案。
「……」
一瞬だけ、足が止まる。
ほんの一瞬。
「無理?」
覗き込まれる。
試す目。
「……」
喉が、少しだけ詰まる。
でも――
「……行く」
出す。
短く。
逃げない形で。
「いいね」
笑い声。
移動。
廊下。
ガラス越しの光。
外の空気。
少しだけ、冷たい。
「ここでいいだろ」
ベランダ。
人の目が届く場所。
だからこそ、やる。
そういう選択。
「……」
澪継は、位置に立つ。
囲まれる。
距離が詰まる。
「ほら」
「……うん」
自分から、返す。
「順番、覚えてる?」
「……だいたい」
曖昧に答える。
でも、止まらない。
「じゃあ、やってみ」
指示。
待たない。
「……」
一度だけ、深く息を吸う。
それから――
動く。
自分で順番をなぞる。
間違えないように。
止まらないように。
「お、いいじゃん」
笑い声。
「覚えてんじゃん」
評価。
それが何を意味するかは、分かっている。
外からの視線。
下の校庭。
他クラスの生徒。
見えている。
見られているかもしれない。
「……」
一瞬だけ、意識がそっちに向く。
「よそ見」
すぐに戻される。
「……ごめん」
反射。
でも、そのあと。
「……あと、どれ」
続ける。
自分から。
「は?」
「残り」
言葉を選ばない。
短く。
明確に。
「……あとこれ」
示される。
「……わかった」
終わらせるために、動く。
全部が終わる。
「はい終わり」
空気が解ける。
「今日いいじゃん」
「ちゃんとやると違うな」
笑い声。
評価。
それは――
“内側に一歩入った”証明でもある。
望んだものじゃない。
でも、否定もできない。
教室に戻る。
席に座る。
手を見る。
震えは、少ない。
「……」
息を整える。
「……大丈夫」
昨日と同じ言葉。
でも、少しだけ軽い。
放課後。
「帰る?」
春真。
「……うん」
並ぶ。
歩く。
「今日さ」
春真が言う。
「ベランダいた?」
心臓が、一瞬だけ強く打つ。
「……見てたの」
「ちょっと」
軽い。
いつも通り。
「何してたの、あれ」
また同じ質問。
でも――
昨日とは違う。
「……」
少し考える。
誤魔化すか。
流すか。
それとも。
「……あれ、さ」
口を開く。
止めない。
「遊びじゃない」
一歩だけ、踏み込む。
「え?」
春真が見る。
少しだけ、真面目な顔で。
「じゃあ何」
答えを待つ目。
でも――
「……」
言葉が、止まる。
そこから先が、出てこない。
出せない。
「……分かんない」
結局、そうなる。
「分かんない?」
「……うん」
嘘じゃない。
説明できない。
説明する言葉を、持っていない。
「……ふーん」
春真は、それ以上追わない。
追えない。
少し歩く。
沈黙。
でも、重くはない。
「……なあ」
澪継。
「何」
「……反応、あった?」
昨日の続き。
「何の」
「……今日の」
少しだけ、遠回し。
でも、伝わる。
「あー……」
考える。
「まあ、あったんじゃね?」
「……そう」
短く返す。
それだけで、十分だった。
家に着く。
同じ玄関。
同じ鍵。
「ただいまー」
「おかえり」
「……ただいま」
今日も返事はない。
でも――
「……」
少しだけ違う。
澪継は、今日
“線の外”にいるだけじゃなかった。
ほんの少しだけ。
内側に触れた。
触れてしまった。
その感覚が、残っている。
「……」
部屋に入る。
ドアを閉める。
静かに。
「……内側」
呟く。
そこは、安全じゃない。
でも――
完全な外でもない。
どっちでもない場所。
その中で、澪継は
少しずつ、言葉を増やしている。
それが、何になるのかは――
まだ、分からない。