テラーノベル
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「現実」を突破し、ついに自分たちの音を勝ち取った二人。しかし、平穏な日々は彼らには似合いません。第9章、物語は「音と食の聖地」を創り上げる、ハチャメチャなクライマックスの序奏です。
リコの父親から事実上の「自由」を認められた二人は、ロンドンを離れ、ある場所へと向かった。それは、かつて二人が出会ったあの高校がある、懐かしくも小さな街の廃工場だった。
「ハル、ここだよ。私たちの新しい『楽器』は!」 リコが両手を広げて指し示したのは、広大な錆びついた空間。
二人はここを、世界初の「食べて、奏でて、踊れる没入型スタジオ(通称:ノイズ・パレス)」に作り変えることを決意した。
スタジオのあちこちには、超高性能マイクが隠されている。
巨大な特製鉄板の上でステーキが焼ける音。
氷が砕ける音、炭酸が弾ける音。
それらすべてをハルがDJブースでリアルタイムにミックスし、床がスピーカーとなって重低音を響かせる。
「いい、ハル! ここは『鑑賞』する場所じゃないの。『咀嚼』する場所なんだよ!」 リコは「銀河一のコック長」を自称するド派手な衣装に着替え、世界中から集まった「音に飢えたファン」たちに、次々と料理を振る舞う。
ハルには、このパレスの完成記念パーティで、どうしても果たさなければならない使命があった。 世界中を旅し、リコという「音」を誰よりも近くで聴いてきた自分。これまでのどんな旋律も、今の二人の関係を言い表すには足りない気がしていた。
「……リコ。お前というノイズを、一生俺の隣で鳴らし続けてほしい」
ハルは、パレスの中心にあるメインコンピュータに、ある特殊なプログラムを仕組んだ。それは、リコが何かを「食べる」瞬間にしか発動しない、世界で唯一の「音による誓約書」だった。
パレスには世界中からファンが集まり、異様な熱気に包まれていた。 リコはステージの中央で、この日のために特注した「巨大な飴細工のピアノ」をハンマーで叩き壊し、その破片を口に放り込んだ。
――カラン、パリン、カリッ。
その瞬間、パレス中のスピーカーから、ハルのピアノが溢れ出した。 それは激辛カレーの熱さも、バゲットの硬さも、10年間の孤独もすべて包み込むような、圧倒的に優しく、それでいてハチャメチャに明るいプロポーズの旋律。
「リコ! その飴の音、一生僕にミックスさせてくれ!」
ハルの叫びに、リコは口いっぱいに飴を頬張ったまま、目から大粒の涙をこぼした。 「んぐっ……! 遅いんだよ、ハル! もうとっくに、私の心拍数はあんたのBPMに合わせてるんだから!」
二人は数千人の観客の前で、衣装が擦れる音さえも音楽に変えながら、強く抱きしめ合った。
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