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#親子愛
モンジェの証言が終わったあと、会議室はしばらく誰も動かなかった。
紙をめくる音も、椅子の軋みもない。
クリストルンはその沈黙の中で立ち上がった。膝が少し震えたが、座ったままではいられなかった。
「次は、私が話します」
何人かの役員が目を向ける。新入社員が口を挟む場ではない。そんな空気ははっきりあった。
それでも、止める声は出なかった。
クリストルンは父の隣へ立つ。
大きな肩が近い。子どものころは見上げるだけだった場所に、今は同じ高さで並んでいる気がした。
「父は、完璧な人じゃありません」
まっすぐ言うと、会議室の空気がまた少し揺れた。
「怖がったこともあるし、黙ってしまったこともある。私に本当のことを話せなくて、遠回りした時間もありました」
クリストルンは息を継ぐ。
「でも、私を守るために、自分の人生を削った人です」
モンジェが小さく目を見開く。
娘は続けた。
「私はその弱さごと、この人を父だと思っています」
それは、かばう言葉ではなかった。
赦す言葉でも、飾る言葉でもない。
知ったうえで選ぶという、娘の言葉だった。
「父は、危ないものを見逃せなかった。だから会社を去った。そのあとも、質屋で、物の値段より持ち主の顔色を先に見てきた」
クリストルンは役員たちを見る。
「そういう人がいたから、私はこの玩具を考えられました」
資料の端に置かれた試作品へ視線が集まる。
まだ商品になる前の、小さなくまだ。
「この玩具は、きれいな言葉を流すためだけのものじゃありません。親がうまく言えないこと、子どもが一人で抱えたくない夜のために、声を残すものです」
喉が熱くなる。
それでも止まらずに言えた。
「父が黙ったことは、間違いだったかもしれません。でも、父が守ろうとしたものまで、間違いだったことにはされたくない」
ヴァルボンがゆっくりと視線を落とした。
その横でルチノは、ただ黙ってクリストルンを見ている。
クリストルンは最後に、きっぱりと言った。
「この人は、私の父です」
会議室のどこかで、小さく息をのむ音がした。
親の失敗を知った子が、それでも親を選ぶ。
その強さを前にすると、正しさだけでは立てない人間がいる。
モンジェは少しだけ顔をそむけた。照れたようにも、泣きそうにも見えた。
「……おまえ、そういうのは家で言え」
ぼそりとつぶやく。
クリストルンは思わず笑った。
「家だと逃げるでしょ」
そのやり取りに、重い会議室の空気がほんの少しだけほどけた。
娘の言葉は、証拠の紙にはならない。けれど、事実の意味を変える力があった。
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