コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
放課後。
夕陽が沈みかけた教室に、ざらついた笑い声が響いていた。
机の列は乱れ、中央に遥が立たされている。
制服の袖は引き裂かれ、髪は乱れて額に張り付いていた。
床にはノートと教科書が散乱している。
「おい、“かわいそうな奴”がまた立ってるぞ」
誰かが言った。
笑いが広がる。
「見てみろよ、あの顔。誰も助けてくれねえのに、まだ“待ってる”んだぜ」
「可哀想~、誰か“日下部くん”呼んでやれよ」
「もうアイツ、別の友達できたってよ」
その言葉に、教室の空気がざわりと揺れた。
遥の心臓がひとつ跳ねる。
「な? 聞こえたか? お前の“親友”、もう蓮司と仲良くやってんだよ」
「なんでだと思う?」
蓮司が前へ出た。
柔らかく笑って、遥の顎を指先で持ち上げる。
「――お前が、汚いからだよ」
その一言で、何かが崩れる音がした。
笑い声が一斉に爆発する。
「そうそう! 見ろよこの目!」
「裏切り者のくせに被害者ヅラか!」
「お前さ、“かわいそう”って言われたいだけだろ?」
背中に蹴りが入る。
机の角が腰骨を打つ。
息が詰まり、咳き込みながら崩れ落ちる。
頬に飛んだチョークの粉が、涙と混じって白く滲む。
「泣くの早えな」
「なに? また“ごめん”って言えば許されると思ってんの?」
「お前の“優しさ”ってさ、結局自分が楽になるためだけだよな」
蓮司が笑いもせずに呟く。
「そう。お前は“被害者のフリをした加害者”だ」
その声に、クラスの誰もが一瞬だけ黙った。
そして次の瞬間、沈黙が破裂するように暴言が溢れ出す。
「人のせいにすんなよ!」
「同情されたくて涙出してんだろ!」
「お前のせいで日下部も終わったんだよ!」
足が、手が、次々と動く。
誰が蹴り、誰が叩いたのかも分からない。
ただ、痛みが全身を焼く。
何度も、何度も。
(違う……俺は……)
声にならない声が喉で詰まる。
その姿を見下ろして、誰かが吐き捨てた。
「黙ってると、ほんとに“汚い”な」
蓮司は、黒板に背を預けたまま、静かに観察していた。
何も止めない。
ただ、誰よりも静かにその「空気」を支配していた。
「見ろよ」
と、蓮司が低く言う。
「これが“正義のつもりで裏切った奴”の末路だ。なぁ、日下部?」
その名前が出た瞬間、遥の心臓が跳ねた。
教室の扉の隙間――
そこに立っていた影が、確かに揺れた。
動けず、ただ見ているだけの、日下部の影。
蓮司の視線が、そこに一瞬だけ流れる。
唇が、薄く笑みの形を取った。
「な? ほら、ちゃんと見てる。
お前が“守ろうとした人間”は、いま黙って見てるんだよ」
遥は床に膝をつき、喉の奥から漏れた声が空気を掻いた。
「……やめて……もう……」
その弱々しい声が、笑い声を呼び、水面のように広がった。
誰も止めなかった。
止められる者はいなかった。
そして、誰もが笑い疲れたころ、
蓮司だけが最後まで立っていた。
その視線の先で、日下部の姿はもう消えていた。
──沈黙の中に、地獄は形を変えて続いていく。