テラーノベル
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営業も終盤に差しかかる。
席の入れ替わりが少なくなって、店の空気が少しだけ落ち着く。
真瀬さんを見送って、私はフロアを歩く。
「ナナ」
黒服が近づいてきた。
「奥、お願いします」
「はい」
奥の席。
いつも店全体が見える場所。
「失礼します」
椅子を引く。
「こんばんは」
「こんばんは」
いつもと同じ声。
落ち着いた声。
私はグラスを作りながら笑う。
「今日は静かですね」
「静かな日も悪くないです」
その人は店内を見渡した。
「このくらいだと、人の動きがよく見えるので」
まただ。
この人は、いつも人を見ている。
「何を見てるんですか?」
思わず聞いていた。
「癖みたいなものです」
「癖?」
「仕事でも、昔からでも」
仕事。
そういえば、この人の仕事も知らない。
「人を見る仕事なんですか?」
「少し似ています」
曖昧な答え。
真瀬さんとは違う。
この人は、答えないんじゃない。
答えるけど、全部は見せない。
「ナナさんは」
不意に私を見る。
「人を見るの、得意ですよね」
「仕事ですから」
反射みたいに返す。
すると、その人は少しだけ笑った。
「その言葉、本当に便利ですね」
今日だけで二人目だった。
「流行ってるんですか」
思わず笑う。
「偶然です」
「そうですか?」
「ええ」
短い会話。
なのに、不思議と間がもつ。
「でも」
その人はグラスを持ち上げた。
「ナナさんは、人を見ていますけど」
少しだけ言葉を切る。
「自分は見せませんね」
私は手を止めた。
「そんなことないですよ」
「あります」
穏やかな口調。
言い切るわけでもなく、否定を待つわけでもない。
ただ、そう思ったから口にした。
そんな言い方。
「みんな、そうじゃないですか?」
私が聞くと、
「いいえ」
首を横に振る。
「見せる人は、案外多いですよ」
「例えば?」
「高槻さん」
思わず笑ってしまう。
「ああ、それはそうですね」
「嬉しいときは嬉しそうですし、寂しいときも分かりやすい」
「確かに」
「真瀬さんは、逆です」
その名前に、私は少しだけ反応する。
「逆?」
「見せないようにしている。でも、隠しきれていない」
私は考える。
そうなんだろうか。
「私は分からないです」
正直に言う。
「そのうち分かりますよ」
「そういうものですか?」
「そういうものです」
その人は静かに笑った。
その笑顔を見ていて思う。
この人は、私を見ている。
でも。
私だけを見ているわけじゃない。
この店全体を見て。
その中の一人として、私を見ている。
だからなのか。
話していると、少しだけ落ち着く。
そのときだった。
「失礼します」
黒服が伝票を持ってきた。
「三崎様、お時間になります」
「ああ」
私は伝票を受け取りながら、ようやくその名字を口にする。
「三崎さん、今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
立ち上がる前に、 三崎さんは少しだけ私を見た。
「また、観察させてもらいます」
冗談とも本気ともつかない口調。
「やめてください」
思わず笑う。
「緊張します」
「大丈夫です」
そう言って席を立つ。
「すぐ慣れます」
その言葉だけ残して、三崎さんは静かに店を出ていった。
コメント
1件
うわあああ三崎さん…!新キャラきたー!😭💕 この人、すごく落ち着いててミステリアスで、ナナちゃんのこと「人を見てるけど自分は見せない」って言い当てるところがもうエモすぎる…!「観察させてもらいます」って去り際の台詞もずるいよ、匠の技か?! 「すぐ慣れます」って残してくの、優しさなのか確信犯なのかどっちなんだろう…次回が気になって仕方ないです!✨
#角名倫太郎
紫 憂 .
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