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二〇二七年二月の第一土曜日。
ダークグレーのスーツに身を包み、淡いイエローとネイビーのストライプ柄のネクタイを締めた賢は、神宮外苑にあるヨグルトスパローズの球団事務所を訪れた。
午前十時から入団記者会見が行われ、その後、スパローズが春季キャンプを行っている沖縄へ飛ぶ予定である。
出迎えたマネージャーが、賢の手にしていたネイビーの大型スーツケースを預かり、彼は事務所の中に入っていった。
「高西、ちょっと……いい? 急で申し訳ないんだけど……」
会見直前、男性マネージャーが賢の元に慌てて駆け寄ってきた。
「どうしたんです?」
「あのさ、沖縄に向かう前に、十二時半までに銀座に行ってもらいたいんだよ」
「え? 銀座っすか?」
唐突に銀座へ行けと言われ、頭の中がクエスチョンマークで埋められていく賢。
マネージャーがシステム手帳を取り出し、ページを指先で辿らせながら賢のスケジュールを確認している。
「ストリートピアニストのたらもちゃんって知ってるか?」
「いや…………知らないっすね」
「そうか、知らないか……。たらもちゃんが大の野球好きで、スパローズとたらもちゃんのコラボイベントが、十三時に銀座の海野楽器で催されるんだけどさ。うちの球団からゲスト出演する事になってるんだけど、ホラ、ちょうど春季キャンプ中だろ? そこで、だ」
マネージャーが両手をギュッと合わせながら、賢に小さく頭を下げる。
「頼む! 海野楽器のイベント、ゲスト出演してきてくれ!! お前からしたら急な依頼だし、ギャラも弾ませるから!」
賢は、面倒くせぇと思いながら、長い前髪をざっくり掻き上げる。
(音楽と無縁な俺が、コラボイベントのゲスト出演しても何をコメントしていいのか分かんねぇし……。あっ……だったら!)
気乗りがしない賢だったが、不意に一つの考えを思い付く。
「イベントの件、了解っす。あと、ギャラはいらないので、代わりにスパショップで売っているスパジローとスパ子のキャラグッズ全種類を、俺に下さい」
「……へ? そっ……それでいいの? なら高西の要望通り……スパショップに手配しておくよ。って……そろそろ入団会見の時間だ。気合い入れていけよ」
マネージャーが素っ頓狂な声を上げた後、腕時計をチラリと覗き込むと、賢の肩を押し出し、彼は淡々と会見場へ足を運んだ。
球団旗が掲げられている会見場に入ると、マイクやボイスレコーダーが多く並べられているデスクの前に立った賢。
「本日は、私、高西賢のヨグルトスパローズ入団会見にお越し頂き、誠にありがとうございます」
彼は深々と一礼すると、カメラのフラッシュが一斉に瞬いた。
入団の経緯を説明した後、司会役の球団職員が各メディアに向け、質疑応答を呼び掛ける。
目の前には多くの報道陣が詰め掛け、彼に質問が飛び交った。
スパローズ移籍一年目の抱負や、どんな投手になりたいか、今シーズンから監督に就任した沼山(ぬまやま)監督について……など、賢は丁寧に答えていく。
彼の目標は、先発投手として十勝以上勝ち星をあげる事、日本シリーズでスパローズを優勝に導く事。
しかし、あるメディアの質問に、賢は微かに顔色を変えた。
コメント
1件
読ませていただきました📖 ギャラいらないからキャラグッズ全種類くれって交渉する賢、めっちゃ人間味があって好きです(笑) プロなのに推しグッズ優先するの可愛いなって思いました。マネージャーさんの「素っ頓狂な声」にジワジワきます。 最後の「あるメディアの質問に顔色を変えた」ところ、めちゃくちゃ気になります…! 何聞かれたんだろう…続きが待ち遠しいです🥀