朝、玄関を開けた瞬間、ひやりとした空気が頬に触れた。
真白はマフラーを巻き直しながら、吐いた息が白くほどけるのを見つめる。
「冬、きたねえ……」
アレクシスは後ろから顔を出して、同じように息を吐いた。
真白より少しゆっくりした白さが、空にふわりと消える。
「……本当だ。思ったより冷えてる」
ふたりで外に出るのは久しぶりだった。
今日は近くの郵便局まで一緒に行く予定。
ただ、それだけの用事なのに──冬の朝の街は、どこか特別に見える。
白い息が重なる距離。
肩がちょっと触れるか触れないかの歩幅。
いつもの並びなのに、真白はどうにも胸がざわついた。
「アレクって、寒いの苦手?」
「……得意ではないね」
「だよね。顔に出てる」
「そう?」
「うん。ほっぺ赤くなってる」
アレクシスはほんの一拍だけ固まり、それから目をそらした。
「……指摘されると、余計に寒い気がする」
その返しが静かで、少し可笑しくて、真白は思わず笑ってしまった。
歩道脇の植え込みには、夜の寒さで凍ったような白い粒が乗っている。
冬って、こんなに綺麗だったっけ。
ふとそう思うと、横を歩くアレクシスの気配がやけに近く感じられる。
「……あ、風強い」
真白が肩をすぼめると、アレクシスが小さく言った。
「真白、これ」
差し出されたのは、アレクシスの手袋片方。
「え、片方だけ?」
「君、手袋してないし。片方でも、ないより温かい」
「……じゃあアレクは?」
「俺は片方あるから大丈夫」
理屈としては完全に破綻している。
でも、こういうところがアレクシスらしい。
真白はその手袋にそっと指を通した。
中に残っているアレクシスの体温がじんわり伝わってくる。
胸が、少しだけ痛い。
「……あったかい」
「ならよかった」
そのやり取りのあと、ふたりは少し黙ったまま歩いた。
沈黙が気まずくないのは、冬のせいか、それともアレクシスのせいか。
郵便局に着く頃、雪が混じったような細かい粒が舞いはじめた。
真白の髪にひとつ落ちると、アレクシスがそっと指先で払う。
「濡れるよ」
「……ありがとう」
その何気ない仕草が、どうしようもなく胸に残る。
用事を済ませて外に出ると、空気はさらに冷たくなっていた。
真白が肩をすくめると、アレクシスは言った。
「帰り、少し遠回りしようか」
「え、寒いじゃん」
「……でも、冬の街を一緒に歩くの、好きかもしれない」
真白は息を呑んだ。
冷たい空気のなかで、心臓の音だけやけに鮮明だ。
「……じゃあ行こ。遠回り」
微笑むと、アレクシスも同じように少しだけ笑った。
ふたりの白い息が重なって、空へと溶けていく。
冬は、こんなにも静かで。
そして、こんなにも優しかったのか。
気づけば、アレクシスの手袋よりも、
隣を歩く彼の存在のほうが──ずっと温かかった。
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