朝、カーテンの隙間から差し込む光が、どこか冷たかった。
真白が寝ぼけたままキッチンに入ると、アレクシスはすでにマグを片手に窓のほうを見ていた。
吐く息が、うっすら白い。
「……寒いね」
「冬になったな」
「ほんとに。ベランダの植木、凍ってない?」
アレクシスは小さく笑う。
「大丈夫。昨日の夜、室内に入れた」
「あ、そうか……ありがとう」
そんなふたりの会話は、いつもの朝なのに、冬の空気のせいで少しだけ近く感じた。
真白はマグを受け取り、アレクシスの手に触れないように気をつけながらも、
やっぱりほんの少しだけ触れてしまう。
その一瞬の温度差に、どちらも気づいた。
「アレク、今日……外、行く?」
「買い物に? 行くつもりだけど」
「じゃあ、一緒に行ってもいい?」
「もちろん」
ふたりで外に出るのは、別に珍しいことじゃない。
なのに、冬の空気がそれを少し特別なものにする。
玄関でコートを羽織るアレクシスの手元を見て、
真白は気づいた。
「あ、ボタン……掛け違えてるよ」
「え?」
アレクシスは自分のコートを見下ろす。
確かに、一番上がずれている。
「直すよ、こっち向いて」
真白はそっとアレクシスの胸元に手を伸ばした。
ボタンを外すたびに、アレクシスの吐息がかすかに触れる。
冬の匂い。
暖房の残り香。
ふたりの距離は、冬の光よりも静かに近づく。
ひとつ、またひとつと掛け直し、最後のボタンに指をかけたとき──
アレクシスが小さくつぶやいた。
「……ありがとう」
真白は顔を上げる。
近い。
その距離が、冬の空気に溶けて、息が白く揺れた。
「う、うん……」
外へ出ると、空気が一段と冷たくなる。
ふたりの吐く白い息が、並んで立ちのぼる。
「真白、手袋は?」
「え、あ……忘れた」
「貸そうか?」
「アレクのがなくなるでしょ」
「でも、寒いだろ」
アレクシスが片手の手袋を外し、真白に差し出す。
真白は驚いた顔のまま、受け取ることしかできなかった。
「アレクは?」
「片方だけでも、ないよりはいい」
その言葉がやさしすぎて、冬なのに胸の奥が温かくなる。
真白はそっと、手袋を片手にはめた。
アレクシスの手の形が残っていて、内側が少しだけ暖かい。
「……アレク」
「ん?」
「これ、あったかい」
「そう」
短い会話なのに、なぜか満たされる。
足元のアスファルトがきゅっと鳴った。
コンビニに向かう途中、ふたりの白い息が、ふわりと混ざり合う。
その瞬間だけ、冬の朝が少しだけ明るくなる気がした。
「アレク、さ」
「うん?」
「冬って……なんかいいね」
「どうして?」
「近いから。色々」
アレクシスは歩きながら小さく笑みを落とす。
「そうだね。……冬は、距離に正直だ」
真白はその言葉の意味をゆっくり噛みしめる。
冷たい風の中、ひとつだけ確かな温度が隣を歩いていた。
冬の朝。
白い息。
すぐそばのぬくもり。
その全てが、ふたりの間に静かに積もっていく。
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