美沙は現在28歳。彼女は二年前この会社に中途採用で入社した。
エレベーターに乗り込んだ美沙は、携帯をチェックしようとしている省吾に向かって話しかける。
「深山さんっ、私、まだお返事をもらっていないんですけどぉ……」
「え?」
省吾は何の事だろうと思い顔を上げる。
そこには春らしい薄ピンク色のワンピースにベージュのハイヒールを履いた美沙がいた。
美沙はミディアムウェーブのヘアスタイルに、メイクやネイルをきちんと施してオシャレに抜かりがない。
女らしい美沙の身体からは、少し強めのハイブランドの香水が漂っていた。
長い睫毛をパチパチとさせながら、美沙は期待のこもった瞳で省吾を見つめている。
そしてたっぷり塗ったグロスで光る唇を尖らせながらこう言った。
「秘書の件ですぅ~ 私、秘書検定三級を持っているので、だいぶ前から立候補しているんですけどぉ~」
「え? あ、そうだったっけ? でも君は人事部に必要な人間だから、とりあえずはそっちで頑張ってもらえると嬉しいなぁ」
省吾は営業スマイルを浮かべながらやんわりと断る。
どういう訳か省吾は行く先々で頻繁に美沙に会うので、彼女の名前を覚えてしまった。
しかし彼女とは関わりたくないと思っていたのでなるべく避けるようにしていたのだが、気付くと今日も話しかけられている。
「えーっ、どうしてですかぁ? 私、秘書になったら絶対頑張るのにぃ~」
「それはありがたいんだけど、人事部も人手が足りないからね」
それを聞いた美沙はムスッとしていたが、すぐに何か思いついたのか笑顔で省吾に言った。
「じゃあ今日のお昼ご一緒してもいいですかぁ? これから一階のカフェに行かれるんですよね?」
「悪いけど、昼は外で打ち合わせなんだ」
「えーっ! もしかして私を避けてますぅ?」
「そんな事ないですよ」
省吾は思わず苦笑いをする。
その時エレベーターが一階に到着したので省吾はホッとする。
「じゃあ失礼!」
省吾は爽やかな笑顔を残して足早に出口へ向かった。
そんな省吾の後ろ姿を、美沙は頬を膨らませながらじっと見つめていた。
ビルの外に出た途端、省吾はぼやく。
「ったくよー、時間がないから一階のカフェで済まそうと思ったのに、あれじゃ行けねーじゃん」
省吾はブツブツ言いながら、予定を変更して裏通りのカフェへ向かう。
そのカフェも省吾の行きつけだった。
カフェは大通りから一本入った目立たない場所にあるので穴場だった。この時間ならもう空いているだろう。
省吾は考え事をしたり静かな環境に身を置きたい時には、よくそのカフェを使っていた。
店に入ると予想通り空いていた。
注文カウンターでコーヒーとサンドイッチを買った省吾は、奥のテーブル席へ向かう。
椅子に座って店内をざっと見回すと、知った顔は一人もいない。
しかし最後に壁際の方へ視線を移した省吾は、思わず「あっ!」と声を出してしまった。
なぜならそこには、あの大雪の日に浜辺で探し物をしていた女性の姿があったからだ。
あの時のカジュアルな装いとは違い、女性はダークグレーのパンツスーツに身を包みきちんとした格好をしていた。
そして手元にある何かの用紙をじっと見つめている。
しばらくするとそれを折りたたんでバッグへしまった後、今度は携帯を見る。
省吾が女性に声をかけようと立ち上がった時、テーブルの上にある省吾の携帯がブルブルと震えた。
公平からメッセージが届いたようだ。
省吾は仕方なくまた椅子に座ると、公平のメッセージをチェックする。
【言い忘れてたけど、2時からの経理の採用面接、お前も出るんだろう? だったら二時までに戻って来いよ】
省吾が腕時計を見ると、時刻は既に1時40分を過ぎていた。
そこで省吾は慌ててサンドイッチを口に放り込みながら文字を打ち込む。
【了解! 2時までに戻るよ】
返事を送った省吾が再び壁際の席を見ると、そこに女性の姿はなかった。既に店を出てしまったようだ。
思わず省吾はがっかりする。そしてがっかりしている自分に驚く。
(なんだ? このもやもやした感じは……声をかけて一体どうするつもりだったんだ?)
省吾は思わず苦笑いをする。
そしてもう一度腕時計を見ると、慌ててコーヒーを飲み干してからすぐにカフェを出た。
その頃奈緒は CyberSpace.inc の本社ビルのエレベーターの中にいた。
今日は午後二時からこの会社で面接がある。腕時計を見ると時刻は午後一時五十分だった。
ガラス張りのエレベーターからは外の景色が見渡せた。
静かにスルスルと上がっていくエレベーターから地上を見下ろすと、まるでジオラマのようだ。
(オフィスビルは新しくて気持ちがいいし、設備も全て最新式。こんな会社で働けたら最高だろうなぁ……)
奈緒はそんな風に思う。
やがてエレベーターは面接会場がある38階へ到着した。
エレベーターを降りる前に一度フーッと深呼吸をした奈緒は、ピンと背筋を伸ばし少し緊張した面持ちで面接会場へ向かった。
コメント
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省吾さんと奈緒ちゃんの出会いは印象的だもんね、話しかけたくなるよね🩷わくわくします!
省吾さん、奈緒ちゃんと運命の再会ですね....♥️o(*゚∀゚*)oワクワク♪ 美沙さ~ん💦 省吾さんばかり追いかけてサボってないで 、ちゃんと仕事をしましょうね❗️
3級で ドヤ顔するな 名取美沙 語尾伸ばし 社長に擦り寄る 名取美沙 擦り寄って 尚避けられる 名取美沙。 俺、秘書検定2級持ってるぜ。実技があるのは準1級以上だぜ。だからこれ以上は受けないぜ。マイルドだろぉ~。