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「……触って、いいよ」
その言葉は、まるで許可というより、投げやりな許しのようだった。
遥はベッドの端で、日下部の目を見ないまま、つぶやいた。
日下部は動かなかった。
遥の肩が、わずかに震える。
「……なんで、無視すんの」
感情のない声だった。でも、それが逆に引っかかった。無理やり平坦に整えられた音は、逆に痛みの形を際立たせる。
「オレさ、そういうの、慣れてんだよ」
遥は笑った。空っぽな音で。
「誰かの手とか、体温とか。……そういうの、いちばん早く繋がれる方法だって、教えられたし」
静かな沈黙が落ちた。
「でも、さ……」
遥の声が少し掠れる。
「日下部、お前は……そういうふうにしてこないだろ」
「……ああ」
「だから、怖いんだよ」
遥は日下部の方を初めて真正面から見た。涙ではなく、なにか剥き出しの視線だった。
「怖いんだよ。触れてこないことで、試されてるみたいで。……オレが、オレでいられなくなりそうで」
それでも、遥は目を逸らさなかった。
「“抱かれたい”って思ったのに、それが“繋がりたい”に変わったとき……すげぇ、怖くなった」
「どうして?」
日下部の声は低くて、揺れていた。
遥は答えた。
「……体は奪われても、心まで預けたことなんか、ねぇから」
そして、ぽつりと続ける。
「心を預けたら、もう全部、壊される気がして。なのに……お前の前だと、それをしたくなるんだよ。無性に、わけもなく」
日下部は静かに手を伸ばし、遥の手に触れた。
遥は、少しびくついた。
でも、離れなかった。
そのまま、ふたりは何も言わずに、ただ手を握っていた。