テラーノベル
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五時間目。
移動教室。
廊下には、教科書を抱えた生徒が行き交っていた。
遥は人の流れから少しだけ外れて歩く。
ぶつからないように。
話しかけられないように。
目立たないように。
それだけを考えて歩く。
階段を上がる。
踊り場。
反対側から日下部が降りてきた。
目が合う。
ほんの一瞬。
遥はすぐに視線を切る。
何も言わず、そのまま通り過ぎようとする。
「遥」
呼ばれる。
足は止めない。
「待て」
止まらない。
呼び止められて立ち止まること自体が、自分の中で何かを許してしまう気がした。
数歩進んだところで、日下部の足音が止まる。
追ってこない。
そのことに、遥は気づいてしまう。
(……追ってこない)
そう思った自分に、小さく舌打ちしたくなる。
追ってくるなと思っていた。
なのに、追ってこなければ、それが気になる。
自分でも意味が分からない。
教室に着く。
席につく。
窓の外を見る。
授業は始まっているのに、何も頭に入らない。
黒板の文字も、教師の声も、遠い。
ただ一つだけ。
教室の後ろに座っている日下部の姿が、視界の端に入る。
見ないようにする。
それでも入る。
(見るな)
心の中で繰り返す。
(俺を見るな)
見られると苦しい。
心配されると苦しい。
近づかれると苦しい。
でも。
完全に視界からいなくなると、
もっと苦しい。
その矛盾が、自分でも理解できない。
授業が終わる。
チャイムが鳴る。
生徒たちが立ち上がる。
遥も席を立つ。
廊下へ出る。
後ろから足音がする。
日下部だ。
振り向かない。
振り向けば、また確認してしまう。
まだいるか。
離れていないか。
そんなことを。
確認したくない。
だから歩く。
少しだけ速く。
足音は一定の距離で続いている。
近づきもしない。
離れもしない。
ただ、そこにある。
階段を下りる。
途中で足音が消えた。
別の廊下へ曲がったのだろう。
その瞬間。
胸の奥が、ほんの少しだけ冷える。
(……何だよ)
自分で自分に腹が立つ。
望んだことだろ。
離れろって思ってたじゃないか。
なのに。
どうして。
足音がなくなっただけで、
こんなに静かになるんだ。
遥は立ち止まらない。
そのまま歩き続ける。
歩きながら、
胸の奥に残ったその違和感だけは、
最後まで消えなかった。
sena@ てるなー
コメント
1件
ああ、もう、遥くんのこの胸の痛みがじんわりと伝わってきました……。「追ってこない」と気づいてしまう瞬間の、あの冷えていく感覚。自分でも理解できない矛盾を抱えながら、それでも歩き続けるしかない切なさ。日下部くんの足音が一定の距離で続いていたのに、消えた瞬間の静けさが、逆に遥くんの心の孤独を浮き彫りにしているようで。繊細な心理描写が胸に刺さりました。