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部屋に戻ると、もう何人かの同級生たちが布団を広げていた。笑い声。スマホの光。夜の修学旅行特有の浮かれた空気——そのどれもが、遥には遠い。
誰も何も言わず、遥の顔を見る。
その沈黙には、はっきりとした嘲りの温度があった。
「お前、さっき泣いてたろ」
一人が顔をのぞかせて言う。
「涙、キモかった。演技かよ」
「“命の尊さ”とか言ってたけど、よくあんな口が動くな。お前が一番人間っぽくねえ」
笑いが広がる。笑うたび、部屋の空気が歪んでいく。
「ほんと寒気した。あれ見て食欲なくしたわ」
「てかさ、あんなの言わせる先生も悪いけど……お前もお前だろ」
「泣くフリとか、ウケる」
遥は言い返さない。ただ視線を落とす。布団を握る手がかすかに震える。
「おい、聞いてんの?」
「返事しろよ、感想文得意なんだろ?」
「“命の尊さ”についてもう一回語ってよ」
声のトーンが上がる。からかいは、やがて命令に変わっていく。
「ほら、言えよ。『人は優しくあるべきです』とかさ」
「泣けよ、今ここで。あのときみたいに」
遥は唇を噛み、声を出さない。けれど、その沈黙さえ彼らの嘲笑の燃料になる。
「お前、マジで何考えてんのか分かんねえな」
「人間っぽいとこ一個もない」
枕が飛ぶ。笑いが起こる。
「いいリアクションしろよ、せっかく修学旅行なんだからさ」
「そうそう、“思い出作り”だろ?」
誰かが布団を蹴り上げ、誰かがペットボトルを投げる。
冷たい水が頬に当たる。
遥は顔を上げず、ただ「やめろよ」と小さく漏らす。
だが、その声はあっという間に笑いにかき消された。
「やめろよ? だって“平和の大切さ”学んだんだろ?」
「お前も実践中じゃん、我慢して」
「そうそう、“耐える強さ”だっけ?」
笑い声の波の中で、遥は小さく息を吸い、布団に顔をうずめる。
涙が出る。もう止められない。
誰かの枕が背中に当たり、誰かの足が掛け布団を引きはがす。
それでも、泣き声だけは漏らすまいと唇を噛む。
「おい、泣いてるぞ」
「いいね、その顔。昼間よりリアル」
「“命の尊さ”って、こういうことか?」
その言葉の刃が、何よりも深く刺さる。
誰も止めない。笑いながら、まるでそれが当然の娯楽であるかのように、部屋の中を声が満たしていく。
夜は、長い。
遥はただ、息を殺しながら布団の端で目を閉じた。
声も、笑いも、天井の灯りも、全部が遠くなるように祈りながら。