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外はまだ冬の匂いを残したまま、夜風が冷たく窓を震わせていた。 相談室のドアがゆっくり開く音がして、一人の女子生徒が入ってくる。
フードを外すと、白い息がふわりと浮かんだ。
「……こんばんは」
小さな声。机の端に座ると、指先をぎゅっと握ったまま動かない。
遥は、机に置いていたシャープペンを軽く回した。
「こんばんは。寒かったろ」
その一言に、彼女の肩が少しだけ落ちる。
「未来が、見えないんです」
言葉は、息のように曇った空気へと消えていった。
「未来って?」
「学校を卒業したあと。何をしたいのかも、何ができるのかも、わからない。
周りはみんな“目標”とか“夢”とか言ってるけど、私には空っぽしかなくて」
遥は視線を机の木目に落とし、短く頷いた。
「みんなが決まってるように見えるけど、たぶんそんなに決まってない」
彼女は小さく首を振る。
「でも、何もないって……怖い。
自分だけ取り残される気がして。
家では“計画くらい立てろ”って言われるけど、頭の中が真っ白で」
沈黙が数秒、ゆっくりと流れる。
遥は少しだけ息を吸い、声を落として話す。
「未来って、まだ起きてないことだろ。
起きてないことに正解なんてないし、
白紙なのは当たり前だと思う」
彼女は顔を上げ、かすかな光を宿した瞳で遥を見る。
「……白紙でも、いいの?」
「白紙だから、どんな線も引ける。
今、何も見えないってことは、何にでもなれるってことだし」
彼女の握っていた指が、少しずつほどけていく。
「でも、何を選んでいいかすら、わからない」
「選ばなくても、生きてるあいだに小さなことは勝手に積もってくる。
たとえば今日、ここに来たことだって、その一つだ」
遥はペンを指で転がし、ふっと笑った。
「俺なんか、明日の予定すらまともに決めてない。
でも、今日の自分が動いた分だけ、明日の形は変わる。
それで十分なんじゃないかな」
彼女は目を伏せ、微かに息を吐いた。
「……少しだけ、楽になった気がする」
「それなら、今日ここに来た意味はあったな」
外の風が一段と強く窓を揺らす。
彼女は立ち上がり、深く頭を下げた。
「ありがとう。考えてみる」
遥は軽く手を上げただけだった。
白い紙のような夜が、少しずつ色を帯びはじめる。
未来はまだ、誰のものでもないまま、
その静かな足音を待っている。