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空乃 美晴
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雨晒しの原稿用紙
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親の声を預けるぬいぐるみ。
その案は、思いついただけでは玩具にならない。
クリストルンは昼休みも帰宅後もノートを開き、小さな丸を何度も描いていた。
「小指の先くらい……いや、もう少し薄く……でも押しやすく……」
録音ボタンの大きさだ。
翌日、彼女は勇気を出して開発室へ向かった。
ディトは作業台で部品を分解しているところだった。
「何だ」
「相談です」
「断る」
「まだ内容言ってません」
「どうせ無茶だ」
そう言いつつも追い返さないあたり、少しだけ前よりましだった。
クリストルンはノートを開く。
「ぬいぐるみの耳か、手のひらの内側に、録音ボタンを入れたいんです。小指の先くらいの大きさで、親が一言だけ吹き込めるように」
「一言だけ?」
「長いと逆に届かない気がして」
「感傷的だな」
「でも、こっちのほうが押しやすいと思いません?」
ディトは図をのぞき込み、すぐに問題点を並べ始めた。
「ボタンが小さすぎれば誤操作する。埋め込みが浅ければ飛び出る。電池室の固定が甘ければ危険。洗濯できないなら衛生面で落ちる」
「……はい」
「まだある。音量が小さければ意味がない。大きすぎれば夜に苦情が来る」
「まだあります?」
「あるに決まってる」
容赦がない。
けれど否定だけではなかった。実現するとしたら何が壁になるのか、具体的に示してくれている。
クリストルンは必死で書き取る。
「じゃあ、ボタンは押し込み式じゃなくて、やわらかい布越しでも反応する形なら」
「誤反応が増える」
「録音時間を短くするのは」
「そこはありだ」
初めて肯定が混じった。
ディトは工具を置き、部品箱から小さな試験用パーツを取り出す。
「これはサンプルだ。音声記録は短いが、薄い」
「見せてもらっていいんですか」
「見るだけだ。持って帰るな」
「そんなことしません」
「おまえは勢いでやる」
図星である。
クリストルンは小さなパーツを手のひらにのせた。
本当に小さい。これに誰かの声が入るのだと思うと、不思議でたまらない。
「小指の先ほどの声、ですね」
ぽろりとこぼした言葉に、ディトの手が止まる。
「……妙な言い方をする」
「でも、そうじゃないですか。大きな声じゃなくても、残る声ってあります」
「詩人になるなら他社へ行け」
「残念、白椿トイズに就職しました」
ディトは鼻で笑ったように見えた。
その日の帰り、クリストルンのノートには問題点が山ほど増えていた。
それなのに、最初の日より希望も増えていた。