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相談室のドアは、ノックもなく静かに開いた。
入ってきた相談者は、制服の襟を指でつまんだまま立ち尽くしている。緊張というより、入るタイミングを失った人の動きだった。
「……座っていい?」
遥は頷いた。それ以上は言わない。
椅子に腰を下ろした相談者は、しばらく床を見ていたが、やがて言葉を探すみたいに息を吐いた。
「才能ってさ……いつ、ないって分かるんだろう」
唐突だったが、軽くはなかった。
遥は机の上に置かれたメモ帳を閉じたまま、相手の顔を見ている。
「努力すれば伸びるって言われるけど、周り見てると、そうじゃない人もいるじゃん。最初からできるやつ。教えられてすぐ分かるやつ」
相談者は笑おうとして、やめた。
「別に夢があるわけでもないし、何かになりたいってほどでもない。でも……何もないままっていうのも、なんか怖くて」
言葉の端々が曖昧で、だからこそ現実的だった。
遥は少し間を置いてから、低く言った。
「“才能がない”って、誰かに言われた?」
「……いや。言われてない。だから余計わかんない」
相談者は肩をすくめる。
「褒められもしないし、突き抜けてもない。平均より下ってほどでもない。でも、上を見るときりがなくてさ。
ああ、ここが限界なんだって思う瞬間が、ちょくちょく来る」
遥は視線を外し、窓のほうを見た。
校舎の影が、少しずつ伸びている。
「限界って、決めるのは早いと思う?」
相談者が問いかける。
遥はすぐには答えなかった。
「……早いか遅いかじゃなくて」
選ぶように、言葉を置く。
「“分かりたい”って思ってる時点で、まだ途中だと思う」
「途中?」
「本当に終わった人は、気にしない。才能とか努力とか、考えるのが面倒になる」
相談者はその言葉を反芻するように、黙った。
「じゃあさ」
少し強い声になる。
「途中ってことは、まだ期待してるってこと?」
「たぶん」
遥は短く答えた。
「期待してるのに、応えてない気がするから、苦しいんだろ」
相談者の指が、膝の上でぎゅっと握られる。
「それ、やめたほうが楽?」
「楽にはなる。けど……何かを好きになる前に、自分で切る癖がつく」
遥は視線を戻した。
「それ、あとで結構残る」
相談者は小さく笑った。
「脅すなよ」
「脅してない。ただの実感」
しばらく沈黙が落ちた。
相談者は天井を見上げて言う。
「才能がないって、誰かに言われたほうが楽なのかもな」
「……そうかもな」
遥は否定しなかった。
「でも、言われないまま悩んでるってことは、まだ手放してないってことだ」
相談者は立ち上がる。
来たときより、少し背筋が伸びていた。
「答え、出なかったな」
「出さなくていい」
遥はそう言った。
「“分からないまま続いてる”って感覚、持ってていいと思う」
相談者は一度だけ振り返り、軽く手を挙げた。
ドアが閉まる。
遥は何も書かれていないメモ帳を見下ろし、そっとページをめくった。
才能があるかないか。
それを決めるには、今日という一日だけじゃ、足りない。