テラーノベル
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カーテンは閉じていた。部屋の空気は昼とも夜ともつかず、ただ一つの色に沈んでいた。空気清浄機の低いうなりだけが響いている。
「……機材、動いてるよ」
陽翔が、何でもないように言った。
机の端に置かれたスマートフォンのランプが、じりじりと点滅している。赤。録画中。
悠翔は返事をしなかった。膝に置いた手が、微かに震えていた。
「ねえ、今日の分さ……“どこから”にしようかって話なんだけど」
蒼翔が無遠慮に口を挟む。歯にもの着せぬ声音。悠翔の前に立ち、しゃがみこんで顔を覗き込む。
「俺らさ、昨日のやつ、ちょっと“弱い”って感じてて。……あれ、教授に見せても、たぶん“ふぅん”ってなるだけなんだよね」
「……見せるって、決めたの」
「は? じゃあ何のために録ってんの?」
蓮翔が口の端だけで笑った。ソファに崩れるように座りながら、悠翔の鞄をつま先で押しやる。倒れたそれから、教材とノートが滑り出す。
「なあ、悠翔。お前さ、気付いてる? “やらせてる”の、お前なんだよ」
「ちが……ちがう。そんな……」
「言葉じゃなくて、顔がそう言ってんだよ。ほら、今日だってちゃんと来ただろ? 逃げなかった。つまり、撮られたくて来たってことだよ」
「……来なきゃ、授業出れないから」
「そう。そう言い訳するのも、“カメラの中”で、だいたいウケるんだよ。そういうの、弱者ムーヴっていうんだよ、今」
部屋の空気が、密閉された冷気のように、悠翔の皮膚を撫でる。肌がざらつく。音のない呼吸が喉に張りついていく。
「じゃあ——今日のテーマは、“わかってて来たやつ”ってことで、どう?」
誰が言ったのか、もはや区別はない。
三人の声が、体内の奥にまで染み込んでいくようだった。
悠翔は、声を出せなかった。
けれど、拒否も、しなかった。
その無言を、彼らは熟知していた。
——録画は、もう始まっていた。
カメラが向けられる。その先にあるのは、ただのスマートフォン。しかし悠翔にとって、それは銃口と変わらなかった。
「じゃ、はじめようか。“大学編・春の吐息”。今回は“自発的”って設定でいくから」
陽翔の声が乾いた室内に響く。
悠翔はソファの端に座らされ、身じろぎ一つできないまま、視線だけを下げていた。
「まずさ、“今日もお願いします”って、ちゃんとカメラに言って。……な? 昨日もやったじゃん。言いなよ、慣れてきたでしょ」
「…………」
「無言か。……じゃあ、こっちで入れてあげよっか。口パクだけでいいよ。音声は後で重ねるから。……なあ、蒼翔?」
「ん、OK。あー……表情死んでるな。もっと“いやだけど言わされてる”って顔しないと、伝わんないよ?」
「撮られてるの、わかってる?」
蓮翔が言いながら、スマホを悠翔の顔の至近距離に寄せる。
「ほら、顔。カメラ見て。ちゃんと見てよ。さもないと、“編集で笑顔つける”しかなくなるからさ」
悠翔の喉がかすかに動く。唇が、震えながら開く。
「……きょう、も……、おねがい……します……」
「いいね、ちょっと噛んだ感じ、リアルだった」
陽翔が笑った。
「じゃあ、次は——“誰に見られたら一番嫌か”って言ってみよっか。教授? ゼミのやつ? それとも、親?」
「……そんな、の……」
「“そんなの”じゃなくて、“そんなのを想像させるの”が今日のキモなの。ほら、吐息混じりで言ってみ。『教授に……見られたら……』って」
悠翔は、息を呑んだ。
喉が締まる。吐息は詰まり、涙腺が疼いた。けれど、それを涙に変える自由すら、もう奪われていた。
「……きょ、教授……に……見られたら……、……いや、だ……」
「うん、いい声。よく出たね」
陽翔は、軽く拍手のような音を鳴らす。
「じゃ、今日のトドメ行こう。いつものやつ。——『次の撮影はいつですか』って、ちゃんと訊いて。“自分から望んでる感”が欲しいんだよね」
「……やだ……それ、だけは……」
「そう言って、言わせた回、再生数えぐかったよ? あれ、すげぇ反応よかった」
「っ……やめて……っ……っ、ほんとに……、もう、いい……から……っ……」
カメラが揺れた。悠翔の視界が、涙に滲んだ。
誰かの足音が、遠くへ、あるいは近くへとにじんでいく。
「はいカット。……ま、ここまでで今日は十分かな。音声、あとで重ねとこ」
静かに録画は止まった。
けれど、支配は終わらない。
録られた「それ」は、もう悠翔の外側で動き出している。
コメント
1件
うわ……重苦しい話だったね。でも、すごく引き込まれた。カメラが銃口に見えるって比喩、リアルすぎてゾッとした。悠翔くんの「やだ」すらも演出にされる感じ、読んでて胸が苦しくなった。“支配は終わらない”って最後の一文、頭に残って離れないよ。ruruhaさんの空気の描写、本当に巧いなって思った。続きも読ませてください。
しずまる@Sくんに卒業式告白!
のまめ
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