省吾は『bijou MATSUKURA』のドアを開けて中へ入ったので奈緒も続く。
店内には、50代の女性スタッフと30代くらいの男性スタッフがいた。
二人が店に入ると、
「「いらっしゃいませ」」
と声がかかる。
その時、女性スタッフが省吾に気付いた。
「確か副社長の……」
「弟です。ちょっと近くまで来たので寄ってみました。姉貴はいますか?」
「今、お呼びしますね、。少々お待ち下さい!」
女性スタッフはにこやかに笑顔を浮かべると、省吾の姉を呼びに行った。
待っている間、奈緒は店内を見回す。外観と同様、店内もとても素敵な雰囲気だ。
壁やインテリアは全てホワイトと上品なピンク色で統一され、まるで夢の国にでもいるようだ。
店内に並んでいるショーケースの中には、様々な種類のジュエリーが並んでいる。
そのどれもが、眩しいほどにキラキラと輝いていた。
思わず奈緒のテンションが上がる。
実は奈緒がこの店を見つけたのは、まだ大学生の頃だった。
一人で中へ入る勇気はなかったので、奈緒は通るたびにいつもショーウィンドーだけを覗いていた。
店に入ったのは今日が初めてだったので、密かに興奮している。
この店のジュエリーは有名女優や女子アナに人気で、彼女達がこの店のジュエリーを身に着けるとたちまち話題になる。
ファッション雑誌でも定期的に特集が組まれるほどの人気店だ。
だからクリスマス時期には大勢のカップルがこの店を訪れる。
奈緒は店の外までカップルが並んでいるのを見た事もあった。
徹と婚約した際、奈緒は本当はこの店のエンゲージリングが欲しかった。
しかし指輪は事前に徹が準備していたのでその願いは叶わなかった。
その指輪も今は海の底だ。
指輪を捨てておいてなんとも身勝手な話だが、奈緒はあの指輪を失って以来、ずっと心にぽっかりと穴があいたような気がしていた。
あの指輪は、仕事の時以外はいつも左手の薬指につけていた。寝る時も入浴時も、肌身離さずずっと身に着けていた。
その指輪を失った時の喪失感は、思っていた以上に大きい。
奈緒が物思いに耽っていると、突然ほがらかな声が響いた。
「省吾ったらなに~? 急にどうしたの~?」
一人の女性はニコニコしながら二人に近づいて来た。
歳の頃は40代半ばだろうか? オフホワイトの上品なシャネルスーツに身を包んだ女性は、明るいブラウンの髪をアップにしている。
きちんとメイクを施した顔はとても上品で綺麗だ。
どことなく目元が省吾に似ているような気がしたので、奈緒はこの女性が誰だかすぐにわかった。
目の前にいる女性は省吾の姉だ。
「外回りでこっち方面に来たから寄ってみた」
そして省吾は奈緒の肩を引き寄せると姉に紹介した。
「こちらは今お付き合いをしている麻生奈緒さん。俺の秘書をしてくれているんだ」
その瞬間、省吾の姉は目をまんまるにして驚いていた。
省吾は今度奈緒に向かって言う。
「俺の姉貴だよ」
「初めまして、麻生奈緒と申します」
びっくりし過ぎて言葉を失っていた省吾の姉は、ハッと我に返ると慌てて奈緒に挨拶をする。
「初めまして~、松倉美樹(まつくらみき)と申します。それにしてもまぁこんなに素敵なお嬢さんが省吾の恋人なのぉ? もうお姉ちゃんびっくりよぉ~~~!」
「そんなに驚かなくてもいいだろう? 俺だってもういい歳なんだから」
「やぁだびっくりするに決まってるじゃない! だって省吾が恋人を紹介してくれた事なんて今まで一度もなかったじゃない! だからびっくりして心臓が止まるかと思ったわ」
「ハハッ、大袈裟だな」
「麻生さん……ううん奈緒ちゃんでいっか! 奈緒ちゃんはおいくつなの?」
「31です」
「あら~お若い~、省吾とは九つも離れているのねぇ~、いいんじゃなーい?」
美樹は嬉しそうにうんうんと頷く。
「それにしても漸く省吾にもちゃんとした恋人が出来たのね~! うぅっ…なんかお姉ちゃん感激しちゃうっ」
「ちゃんとした恋人ってなんだよっ、失礼だなぁ」
「あら~だって今まではフワフワしたお付き合いばっかりだったじゃない? あんたの事を週刊誌で見る度にお姉ちゃんいっつも心配してたんだからねーっ。それに賢一だっていつも心配してたわよ! あ、奈緒ちゃん、賢一っていうのは私の夫ね」
奈緒は笑顔で頷く。
「そういえば今日は義兄さんいないの?」
「うん、今日はあの人が家事担当の日だから。奈緒ちゃん、うちには高校生の息子が一人いるのよ。で、今日は夫が先に帰ってお夕飯を作る係なの」
それを聞いて奈緒は驚く。この店の経営者である美樹の夫が家事を分担していると聞いたからだ。
奈緒は密かに感動していた。
「義兄さんは相変わらずマメだな~」
「フフンッ、私の夫選びは大正解でしょう? あっそうだ! 二人とも今日はうちでお夕飯を食べていきなさいよ。そうよ、そうしましょうよ」
「それは遠慮するよ。俺達はこの後レストランへ行く予定なんだ」
「何言ってんのっ! 折角来てくれたんだからもうちょっとゆっくりしていきなさいよ。うちへ行って食事しながらお喋りしましょう。ねっ、奈緒ちゃんもいいでしょう?」
「え? あっ……はい」
「ほらぁ、奈緒ちゃんもいいって言ってくれたし、じゃあ決まりね」
美樹は嬉しそうに微笑むと、携帯を取り出して家にいる夫へ電話をかけ始めた。
コメント
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瑠璃マリ先生😊 今さっき帰宅し、開くと、何と今日も3更新⭐️ またまた、幸せなストーリーをありがとうございました☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
奈緒ちゃんの肩を引き寄せる省吾さんにきゅーん(〃ω〃)💗💗💗
奈緒ちゃん呼び‥フレンドリーだし気にいられそうで嬉しい🤭 指輪は自分が好きなのを選びたいって女心わかるなぁ🥰