翌日から瑠璃子は外出の際にはなるべく車で出掛けるようにした。
雪が積もり始める前までには運転に慣れておきたい。
この日瑠璃子は市内をドライブしてみる事にした。
家事を済ませた瑠璃子はマンションへ出て駐車場へ向かう。
車に乗り込むとフロントガラスには爽やかな秋晴れの空が広がっていた。今日は絶好のドライブ日和だ。
まずは祖母の家があった場所へ行ってみようと瑠璃子はエンジンをかけるとすぐに車をスタートさせた。
空いた道を真っ直ぐ進んでいると目の前には東京とは全く違う景色が広がっていた。
中沢の車の助手席から見た空はビルや建物に削られた小さな空だった。しかしここではどこまでも続く広い空が見渡せる。澄み切った青空は見ていて飽きる事がない。
広大な大自然や澄んだ青空を見ていると今自分は自由なのだと実感する。体中が解放感に包まれる。
間もなく車は瑠璃子の祖母の家があった場所へ辿り着いた。
瑠璃子は車を脇道へ停めてエンジンを切ると車の外へ出てみた。
祖母の家があった場所は宅地開発されたのだろう。そこには新しい家が数軒建っていた。
もちろんあの頃の景色はすっかり消え失せていた。瑠璃子は少し淋しい気持ちになる。
祖母はいつも瑠璃子に優しくしてくれた。
幼くして父親を亡くしいつも仕事で忙しい母に構ってもらえず淋しい思いをしていた瑠璃子の事を、祖母はいつも温かい目で見守ってくれていた。
瑠璃子が思い出す祖母の顔は決まって瑠璃子を迎えに来る時の優しい笑顔だった。
あの夏の日々、ラベンダーの丘で日が暮れるまで遊んでいた瑠璃子を祖母はいつも迎えに来てくれた。
「瑠璃子、ご飯が出来たから帰ろう」
そんな祖母の優しい声が聞こえたような気がして瑠璃子はハッと後ろを振り向いた。しかしそこには誰もいない。
切なくなった瑠璃子の瞳には涙が溢れる。瑠璃子は本当に祖母の事が大好きだった。
祖母が他界した時、瑠璃子と母は岩見沢に来て札幌に住む伯父と共に祖母の葬儀を執り行った。
当時瑠璃子は高校3年生だった。
葬儀の間中瑠璃子は泣きっぱなしだった。あの時はあまりの悲しさにただ泣くだけで祖母に何もしてやれなかった。
祖母の墓は札幌にある。祖母はそこで祖父と一緒に眠っている。
運転に慣れたら札幌まで墓にお参りに行こう……瑠璃子はそう思った。
次に瑠璃子は道路の反対側にあるラベンダーの丘の入口まで歩いて行った。
入口には真新しい看板が掛かっている。
『中川ラベンダー農園・どうぞご自由にお入りください』
ラベンダー畑は今も一般開放しているようなので瑠璃子は車へ戻ると丘の上まで車を走らせた。
坂道を上り切るとラベンダー畑が見える。ラベンダー畑は昔のままの姿で残っていた。
瑠璃子は車を駐車スペースへ停めると外へ出た。
花の季節は終わっていたがラベンダーの良い香りはまだ辺りに漂っていた。
懐かしい香りを嗅ぎながら瑠璃子は丘の先端部分へ行ってみる。そこから見下ろす景色は昔とほとんど変わらなかった。
瑠璃子はラベンダー畑の脇にあったはずのおばあさんの家がなくなっている事に気付いた。
古い家は取り壊されたのだろう。その跡地には真新しい作業小屋が建っていた。今ここに人が住んでいる形跡はない。
おばあさんの家がなくなっているのは少し淋しかったがラベンダー畑がそのままの形で残っていたので瑠璃子は嬉しかった。
(来年花が咲く頃にまた来てみよう…)
瑠璃子はそう思いながらその場を後にした。
本当はそこでドライブを終える予定だったがあまりにも天気がいいのでもう少し先へ進んでみる事にする。
地図によるとこの先にはいくつかの小さなワイナリーが点在し、お洒落なカフェやレストランもあるようだ。
瑠璃子はラベンダーの丘の坂道を下りると再び真っ直ぐな道を進み始めた。
しばらく進むと左手にロッジ風の素敵なホテルが見えてきた。
(こんなホテルあったかしら?)
そのお洒落な外観に思わず目を奪われる。
更に先へ進むと白樺の並木道がありところどころにカフェやレストランが見えてくる。
どの店も可愛らしい外観をしていた。
時刻は正午少し前だったので瑠璃子はカフェの一つに入ってみる事にした。
瑠璃子が選んだカフェは山小屋風の素敵な店だった。
店内に入ると木の香りが漂い癒される。平日という事もあり店内は空いていた。
瑠璃子はそこで北海道名物のスープカレーを注文する。
その店のスープカレーはサラッとしているのに深いコクと旨味のあるとても美味しいカレーだった。
食後のコーヒーを飲みながら窓の外を眺めていると、道路の向こう側に白樺の森が見えた。
森の近くには別荘風の素敵な家も見える。
(この辺りは街明かりも少ないから夜は星が綺麗だろうなぁ)
瑠璃子は幼い頃祖母の家から見た美しい星空を思い出していた。
美味しいランチを終えた瑠璃子は車へ戻り更に先へ進んでみる。すると小さなワイナリーの看板がいくつか見えてきた。
今日はワイナリーに寄るつもりはなかったがいつかゆっくり見学してみたい。
瑠璃子はそこで車をUターンさせると今来た道を戻り始めた。
帰る途中郵便局へ寄る。瑠璃子は空港で買っておいた北海道土産に手紙を添えて実家へ送るつもりだった。
瑠璃子の移住の事後報告を見た母親はきっと驚くだろう。母親に責められるのを覚悟しつつ瑠璃子は荷物を送った。
そして家へ帰る前にスーパーへ立ち寄る。
その頃大輔は夜勤明けの帰り道を運転していた。
買い物をしようといつものスーパーへ寄ると斜め前に見覚えのあるピンクの車が停まっている。
ピンクの車は白線を無視して斜めに停まっていた。
それを見た大輔は思わず笑いがこみ上げてくる。
店内に入り買い物かごを手にした大輔が辺りを見回すと、瑠璃子がレジに並んでいるのが見えた。
会計を終えた瑠璃子は買った物を袋へ詰めると大輔に気付く事もなく店を後にした。
大輔はそのまま瑠璃子の事をじっと目で追う。
ピンクの車に乗り込んだ瑠璃子は慣れた様子で駐車場から出て行った。
(だいぶ運転には慣れたようだな……)
大輔は安心したような微笑みを浮かべると漸く自分の買い物を始めた。
コメント
6件
お祖母さんとの思い出のラベンダーの丘🪻 瑠璃ちゃんには楽しくも辛く悲しい思い出もあって…それでもまた来ようと前向きに捉える瑠璃ちゃんが素敵✨✨ そして!!大輔先生は瑠璃ちゃんのピンク🩷の🚗の斜め駐車🅿️、少し楽しんでる⁉️🤭 瑠璃ちゃんの車だから👀に入って微笑ましい💞のはわかるんだけど、雪が降る前にそろそろ駐車の練習もお願いしますね🙏
私も15年くらいペーパードライバーだったから、瑠璃子さんの運転が自分の事のようでうんうんと頷いてしまいました😆 まずエンジンはどうかけるのか解らなくて担当者に聞きましたよ🤣 ボタンを押すだけってすごいと思った‼️ 昔は鍵を回してエンジンをかけていたから。
祖母との思い出のラベンダー畑が残ってて良かった🪻🪻 暖かい祖母を思い出しちゃうね🥺 ピンクの車というより瑠璃ちゃんが乗ってるピンクの車だから目に留まる感じ?🤭