テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ベンチを離れて歩き出したあとも、遥の心臓はずっと痛かった。日下部の言葉が耳にこびりついて、何度振り払っても消えない。
「信じなくていい。信じられるまで、待つ」
――待つ、なんて。
そんなの、ありえない。
誰も待ってなんかくれなかった。
待つふりをして、裏切られるのが常だった。
なのに、あの目は。あの声は。
信じてしまいそうなほどに、真っ直ぐで。
「……バカだろ、おれ」
独り言みたいに吐き出した声が、夜の風に溶ける。
信じた瞬間に終わる。
信じた瞬間に、きっと見捨てられる。
頭の奥で、兄や弟の声が木霊する。
――おまえなんか、最初からいらねぇんだよ。
――騙される方が悪い。
遥は立ち止まり、電柱の影に背中をぶつけるようにもたれた。
手のひらで顔を覆う。
日下部の体温が、まだ服の端に残っている気がして、腹の奥がどうしようもなく痛くなる。
「やめろ……っ」
思わず声が漏れる。
「信じるとか……そんなの、死ぬより怖ぇんだよ」
爪が掌に食い込み、血の味が口に広がる。
心が揺れるほど、自己嫌悪が押し寄せる。
――試したのは自分だ。壊したのも自分だ。
そのくせ、まだ誰かを求めてしまう。
「……最低だ」
唇から、かすれた言葉が落ちた。
泣きたくても泣けない。
泣けば少しは楽になるのに、涙は凍りついたまま出てこない。
心の奥で、遥は自分自身を責め続ける。
信じそうになったこと。
信じたいと思ってしまったこと。
それこそが、最大の罪に思えた。