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次の日から、沙夜は一気に忙しくなった。
数時間おきの授乳の合間を縫って、子供の名前を決めるためにあれこれ調べ始めたのだ。
司は息子の名前の候補をいくつも書き出してくれていた。
沙夜はその中から選ぶつもりでいたが、画数や漢字の意味、音の響き、読みやすさなど、さまざまな観点から“最良の名前”を選びたいと思っていた。
義母の美智子にも相談すると、名づけ関連の本を何冊も買ってきてくれた。
沙夜は授乳の合間にそれらを読み耽る。
作業は大変だったが、幸せでもあった。
子供の未来を思いながら考える時間は、このうえなく満ち足りていた。
体力も徐々に回復し、母親として息子を守らねばという使命感が、日に日に強くなっていった。
その日の午後、新生児室のガラス窓の前に、川原梨花の姿があった。
手には見舞いの花を持っていたが、沙夜の息子を見つめるその目は、明らかに憎しみに染まっていた。
異様な気配に気づいた看護師が、慌てて隣の看護師へ耳打ちするほどだった。
しばらく沙夜の息子を凝視したあと、梨花は廊下を歩き始める。
「今の人、赤ちゃん睨んでなかった?」
「誰かのお見舞い? すっごく怖い目してたよね。おーこわっ!」
そんな噂をされても気にする様子もなく、梨花はヒールの音を響かせながら沙夜の病室へ向かった。
その頃、沙夜は親友の藤木香織と電話をしていた。
「もうね、すごいの。おっぱいごくごく飲んでくれて、ほんと頼もしいのよ」
「へぇ~、さすが御曹司の遺伝子を引き継いだ子だわ! 将来が楽しみね~」
「私の方が枯れちゃいそうなくらいだから、食事もいっぱい取らないとで大変なの」
「沙夜はもともと小食だったもんね。でもさ、男の子って歩くようになったらもっと大変だから、今のうちに体力つけとかなきゃだよ」
「うん。頑張る。もりもり食べて、早く元気にならないとね」
しばらく楽しい会話を続けた後、沙夜は電話を切った。
先輩ママでもある香織との楽しい会話を思い返しながら、ふーっと息を吐く。
そのとき、ノックの音が響いた。
(誰だろう……? 今日はお母さん来ないって言ってたのに……)
義母だと思い、沙夜は「どうぞ」と返事をした。
しかし、ドアが開いた瞬間、沙夜はぎょっとする。
そこには、後輩の梨花が立っていた。
「せんぱーい! お久しぶりです! わあ、元気そうでよかった~!」
沙夜は驚きで固まった。
子供が生まれたことも、沙夜が生死の境をさまよったことも、梨花には一切話していなかったからだ。
「梨花ちゃん、どうしたの? どうしてこの病院が分かったの?」
「先輩の赤ちゃん生まれたかなーって気になって、産婦人科の方に行ったんですよ。そしたら転院したって聞いてびっくりして。さすがに転院先までは教えてくれなかったので、自分で探しちゃいました。一番近い大学病院ならここかな~って……そしたら、大正解でした!」
「……」
沙夜は絶句した。
入院患者の情報は本来教えられないはずだが、名前を告げて確認すれば、病院側も普通の面会者だと思って通してしまうだろう。
しかし、親戚でもない者がそこまでして来ることはまずない。
沙夜は背筋がひやりと冷たくなる。
(私の息子に何かしたら、絶対に許さない……)
奥歯を噛みしめながら、沙夜は平静を装い、笑顔で言った。
「まあ、わざわざ調べて来てくれたのね。ありがとう。でも、この通りもうすっかり元気だから大丈夫よ」
「よかった~。でも、どうしたんですか? 赤ちゃんは元気そうだったけど、出産のとき何かあったんですか?」
梨花がすでに息子を見てきたと知り、沙夜は言葉を失った。
しかし、動揺を悟られないよう、梨花にこれまでの経緯を簡単に説明した。
話を聞き終えた梨花は、大げさに肩をすくめてみせる。
「うわあ、本当に危なかったんですね~! 出産って大変! でも先輩が無事でよかった~」
以前なら、この言葉を素直に受け取っていたかもしれない。
だが今の沙夜は違う。
すべてに気づいている彼女の目は、もう以前のように梨花を見てはいなかった。
「綺麗なお花、ありがとう。嬉しいわ」
「いえいえ、とんでもないです。そういえば、三国さんもすごく心配してましたよ~」
「三国さんが?」
「先輩の転院のことを話したら、驚いてました」
「そう。心配かけちゃったわね……」
沙夜は何も知らないふりをしながら、静かに口を開いた。
「あのね、梨花ちゃん」
「なんですか?」
「三国さんのことだけど……。私、銀行員時代から彼のこと、なんとも思ってなかったの」
「えっ……?」
「梨花ちゃんが勘違いしているのを訂正しなかった私も悪いんだけど、本当に彼のことは“良き先輩”としてしか見てなかったの。だから、今後はもう三国さんの話はしないでもらえる?」
「どうしたんですか急に……」
梨花は不審そうに眉をひそめる。
「ふふ、ごめんなさいね。梨花ちゃんは、三国さんと私をくっつけたかったみたいだから、あからさまに否定しても悪いかなと思って、話を合わせていただけなの。でも今は、夫と息子と三人で幸せにやっているから、もう三国さんの話はしないでほしいの」
沙夜は自分でも驚くほど、はっきりと言い切った。
母親になったことで、守るべきものができたからだ。
「そ、そうですか……。すみません、私一人で勝手に盛り上がっちゃって」
「ううん、いいのよ。それより、梨花ちゃんが三国さんと付き合ってみたらどう? 普段から仲良さそうだし」
鋭い指摘に、梨花はドキッとした表情を浮かべた。
「な、何言ってるんですか。三国さんと私、ただの同僚ですよ~。やだ~、沙夜先輩ったら」
「でも、良き同僚から良いパートナーに発展する人もいるんだし。真っ向から否定しなくてもいいんじゃない?」
「それはそうですけど……」
(何? この女、なんでこんなに強くなったの? 以前とは全然違う……)
梨花は心の中でそう呟き、悔しさに両手をぎゅっと握りしめた。
そして、沙夜の左手薬指に輝くリングを、憎々しげに睨みつけた。
一方、ドアの外の廊下では、二人の会話に耳を澄ませている人物がいた。
司だった。
偶然、近くの取引先に立ち寄ったため、沙夜の顔を見に来たのだ。
会話を最後まで聞き終えた司は、厳しい表情のままくるりと踵を返し、病院を出ると、誰かに電話をかけ始めた。
コメント
15件
沙夜ちゃん…強くなりましたね🥹 お母さんになって、辛い事も乗り越えて、支えてくれる司さん。親友の香織さんそしてお母さん。沙夜ちゃんの周りには百人力の味方がいて(私も応援してます👍)びっくりしました😳 新生児室に梨花が現れて赤ちゃんを睨むなんて…そして沙夜ちゃんの病室まで来て、もう腹黒い事は分かっているから何を言われても怖くないですよね。司さんも会話を聞いていて…梨花をやっつけて下さい
沙夜ちゃん 親から子供への最初のプレゼント 命名❣️どんな名前を決めるのかな?それを聞いた司さん 沙夜ちゃんの子供への深い愛情を感じてさらに沙夜ちゃんの事好きになるんでしょうね ^_^ すごく良い雰囲気なのに 梨花‼️どんな手を使って探し当てたのかしら😱でも話を聞いた司さんがきっと沙夜ちゃんと子供を守る手を考えてくれるよね 司さん 守ってね
新生児に睨みつける女ってどんな心理よ😱😱人としてだめだ。。 何より、病院変えたこと産んだことすらも知らないはずなのに知っていたりと怖い😱まずは、危害加えないよう。さよちゃんとベビちゃんを司さん守って! 司さん誰に電話したのかなぁ?