テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
相談室に入ってきたのは、どこか落ち着きなく視線を泳がせる女子生徒だった。 椅子に座ると、両手を組んで机の上に置き、しばらく口を開けずにいた。
「……あのさ」
かすれた声でようやく言葉が落ちる。
「好きな人、いるんだよね」
遥は瞬きを一度だけして、相手の顔を見た。
「そっか」
短く返す。
「でも、話しかけられない。近づけない。……向こうが私のこと、気にしてないのはわかってる」
彼女は唇を噛んだ。
「笑って話せる子たちが周りにいっぱいいて……私だけ、壁の外みたいで」
遥は視線を少し逸らした。
――わかる。
好きになっても、近づく勇気なんて出ない。
俺だって、誰かを好きになったことはある。けど、名前を口に出すだけで、胸がざわついて、逃げたくなった。
「……俺も、話しかけられなかったことある」
遥は言った。
「え?」
「好きだなって思っても、言葉出なくて。隣にいても、全然声かけられなかった」
相談者は目を見開いた。
「……遥でも?」
「俺だから、だよ」
遥は薄く笑った。
「友達もいないし、いつも浮いてるし。……話しかけて嫌われたら、それで終わりじゃん」
彼女は黙り込んだ。指先をぎゅっと握る。
「……そう。私もそれが怖い。嫌われたら……終わっちゃう」
遥はしばらく沈黙していた。
言葉を探すというより、自分の心を掘り返すみたいに。
「でもさ」
彼はぽつりと口を開いた。
「声かけなくても、もう終わってるんだよな」
「……え」
「何も起きないまま、ただ見てるだけなら。終わってるのと同じ」
彼女は小さく息を呑んだ。
窓から差し込む夕陽に照らされて、その表情は複雑に揺れていた。
「じゃあ……どうすればいいの?」
声は震えていた。
遥は机に視線を落としながら、言葉を選ぶ。
「俺は……結局、何もできなかった」
「……」
「でも、今でも思う。声をかけるだけでもすればよかったって。失敗しても嫌われても、”やった”って痕跡は残るから」
彼女は黙ったまま、机の上で拳を握りしめた。
やがて小さく笑った。泣き笑いみたいに見えた。
「……遥って、意外とちゃんと恋愛のことわかってるんだね」
「わかってないよ」
遥は即答した。
「全部失敗ばっかりだから」
そう言って、苦笑をこぼす。
それでも――彼女の顔が少しだけ明るくなったのを、遥は見逃さなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!