コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
放課後の空は、夕焼けに染まった薄い橙から群青へと、ゆっくりと色を変えつつあった。
隼人は校舎裏の自転車置き場に向かって歩いていた。呼び出したのは自分ではない。メッセージを送ってきたのは柊だった。
――「ちょっと話がある。体育館裏、来い」
胸の奥がざわつく。
(……なんなんだ? まだ何か仕掛けてくる気か?)
体育館裏は、部活帰りの声も届かない静かな場所だった。
柊はフェンスに背を預け、淡い光の中に立っていた。風が髪を揺らしている。
「よ、隼人。来たな」
軽い口調のわりに、どこか真剣な空気をまとっている。
「何だよ、こんなところで」
「話したいことがあるんだ」
柊はポケットに手を突っ込んだまま、しばし黙った。
沈黙を破ったのは、意外な一言だった。
「お前さ……大地の誕生日、俺が邪魔してると思ってんだろ?」
隼人の心臓が一瞬止まったような気がした。
「な、何のことだよ……」
「嘘つけ。顔に書いてある」
柊は苦笑し、フェンスから身を起こした。
「隼人、お前、動かなさすぎ」
「……は?」
「見てて焦れったいんだよ。大地に、ちゃんと気持ち伝えたいくせに、いつまでもモヤモヤしてさ」
その言葉に、隼人は思わず目を見開いた。
「お前……何言って……」
「大地への“特別”な感じ。バレバレだよ」
柊はいたずらっぽく笑うが、その瞳は真剣だった。
隼人は言葉を失った。
自分の中の感情を、誰にも知られないと思っていたのに。
心臓が早鐘を打つ。
「だからさ」
柊は続ける。
「俺が大地を誘った。わざとだ」
「――え?」
「お前を焦らせたくて。
俺が大地を連れ回したら、お前が少しは本気になるかなって」
風が、二人の間をさらりと抜けた。
隼人はただ立ち尽くす。
「なんで……そんなこと……」
「簡単だよ。見てらんなかったから。
大地だって、お前が特別だってうすうす気づいてる。でも、お前が動かなきゃ何も始まらない」
柊は小さく息を吐いた。
「大地は鈍感だし、隼人は臆病。
だから、俺がちょっと背中押してやろうと思っただけ。
別に、大地を奪う気なんてさらさらない」
その言葉に、隼人の胸の奥で何かが崩れた。
嫉妬に揺れた心、焦り、迷い――全部が一瞬で混ざり合って、溶けていくようだった。
「……お前、ほんと、余計なことを……」
声が震えた。
「余計かもな。でもさ」
柊は真っ直ぐ隼人を見る。
「好きなんだろ、大地のこと」
真正面から問われ、隼人は息をのむ。
逃げ場はない。
ゆっくりと、言葉が零れた。
「……好き、だ。たぶん、ずっと前から」
自分の声が思ったよりもはっきりと響いた。
胸の奥で、何かがほどけていく。
柊はふっと笑った。
「やっと言ったな。
じゃ、もう迷うなよ。明日、大地にちゃんと伝えろ」
隼人はしばらく黙ったまま、夜風を吸い込んだ。
息が、いつもより深く肺に満ちる気がした。
「……ありがとな、柊」
「礼はいらない。俺はただ、面白い方が好きなだけ」
そう言って、柊は肩をすくめる。
校舎の向こうで、街の灯りがぽつぽつと瞬き始めていた。
隼人はその光を見つめながら、静かに決意を固める。
(――明日。必ず大地に伝える)
柊が軽く背中を叩いた。
「じゃ、明日よろしく。サプライズ、楽しみにしてる」
「ああ」
隼人は小さく笑った。
胸の奥の迷いが、今はもうどこにもない。