テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
玄関の鍵を閉める音が、やけに静かに響いた。
「……ただいま」
「おかえり」
真白は靴を揃えてから、コートを脱ぐ。几帳面というほどではないけれど、順番が決まっている動き。
アレクシスはその様子を横目で見ながら、キッチンに向かった。
「お茶、淹れる?」
「ん。あったかいやつ」
「了解」
湯を沸かす音が、部屋にゆっくり広がる。
真白はソファに腰を下ろして、何もつけていないテレビの画面をぼんやり眺めた。
「今日さ」
「うん?」
「仕事中、時計見た回数、多分いつもより多い」
「それは……良い意味?」
「悪くはない」
アレクシスは笑って、マグカップを二つ持ってくる。
一つを真白の前に置いて、もう一つを自分の手元に。
「はい。熱いから気をつけて」
「……ありがとう」
真白は両手でカップを包んで、少しだけ息を吹きかける。
「家、静かだな」
「そう?」
「外にいると気づかないけど」
「じゃあ、音つける?」
「いや。今はこのままがいい」
アレクシスは頷いて、スマホを置いた。
二人とも何かを話そうとしていない。でも、沈黙が気まずくならない。
しばらくして、真白が立ち上がった。
「……俺、少し作業する」
「邪魔しない?」
「多分」
「多分か」
真白は机に向かって、ノートを開く。
何かを書いては消し、また書いて、止まる。
アレクシスはソファに座ったまま、本を開いた。ページをめくる音が、一定のリズムで続く。
「……アレク」
「なに?」
「今、話しかけたら集中切れる?」
「切れないよ。むしろ嬉しい」
「そういう返し、ずるい」
「事実です」
真白は小さく鼻で笑って、またペンを動かす。
「別々のことしてるのに、同じ空間にいるの、嫌いじゃない」
「それ、同居人としては高評価?」
「……相手がアレクだから」
アレクシスは本から目を上げた。
「それ、褒めてる?」
「一応」
「一応なのか」
真白は振り返らずに言う。
「距離、詰めすぎないのに、離れないのが楽」
「じゃあ、今の距離を維持する」
「たまに近づいてもいい」
「許可制なんだ」
「今、許可出した」
アレクシスは静かに立ち上がって、真白の後ろを通るとき、ほんの一瞬だけ肩に触れた。
「今のは?」
「申請済みのやつ」
「……」
真白は何も言わなかったけど、ペンの動きが少し軽くなった。
夜はまだ長い。
特別なことは起きない。でも、こういう時間が積み重なっていく。
それだけで、十分だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!