そして次の週の水曜日、この日葉月は仕事が休みだった。
賢太郎とのお試し交際が始まったものの、特に進展はみられない。
航太郎がしびれを切らして葉月を急かすほど、賢太郎からは何のアクションもなかった。
(もしかして、冗談だった? からかわれただけ?)
何もしないでいると、そんな疑念が頭を占める。
だから、葉月は気分転換に出かけることにした。
(美容院に行ったあと、ショッピングでもしようかな)
美容院に電話すると、ちょうどキャンセルで空きがあったので、一通りの家事を済ませた葉月は車で美容院へ向かった。
美容院に到着した葉月は、担当美容師にヘアスタイルを相談した。
「少しイメージを変えたいんですけど…」
「じゃあ、ゆるめのパーマなんてどうです? 前にかけたのはもう落ちちゃってるし」
「そうね。じゃあそうしようかな」
「今回は太めのロッドで巻いてみませんか? エレガントな感じになりますよ?」
「お任せします」
「わかりました。じゃあそうしましょう」
美容師は嬉しそうにパーマの準備を始めた。
それから数時間後、鏡に映った自分の姿を見て、葉月は驚いた。
(これが私?)
太めのロッドで巻いた緩いウェーブは、葉月を今まで以上に女らしくエレガントに魅せていた。
「ほらね、こっちの方がずっと似合うでしょ? 前からそう思ってたんです」
「うわぁ、さすがです! 息子に見せたらどんな反応をするか楽しみ!」
「息子さんもですが、もう一人見せたい人がいるんじゃないですか?」
「え? どうしてですか?」
「葉月さん、なんだか柔らかくてしっとりした雰囲気になったから……もしかしたら恋でもしてるのかなって!」
「やだ、そんなことないですよ……」
「本当に? 私の勘はけっこう当たるんですけどねー」
「フフッ、違いますってば」
葉月は、なんとか笑ってごまかしながら、会計を終え美容院を出た。
葉月はお昼を食べるために、辻堂の本屋に併設された『moonbacks coffee』へ向かった。
カフェに到着し、コーヒーとサンドイッチを買うと、窓際の席へ座る。
(急にあんなこと言うんだもん、びっくりしちゃったわ。そりゃあ確かにお試しの恋人はできたけど、まだ恋のスタート地点にも立ってないのに……)
葉月はそこでハッと気づいた。
(え? 私って、桐生さんからの誘いを待ってるの? 誘われなくてイライラしてるの?)
その瞬間、葉月ははっきりと自分の気持ちに気づいた。
(バカみたい! 期待してもどうせ無駄に終わるわ)
葉月は苛立ちを抱えながらサンドイッチを食べ始めた。
その時、隣のテーブルに座っていた男性が葉月に声をかけた。
「あぁ……なんて美しいんだ……」
葉月は、まさか自分に向けられた言葉だとは思わず、聞き流してしまった。
すると、男性はもう一度葉月に向かって言った。
「失礼ですが、この辺りの方ですか?」
そこで初めて、葉月はその言葉が自分に向けられたものだと気づいた。
「は?」
「いきなり声をおかけして、すみません。あまりにもお綺麗な方だったので、声をかけずにはいられませんでした。どうか無礼をお許しください」
歯の浮くようなセリフに、葉月は思わず戸惑う。
そして、その男性に目を向けた。
(うわっ……超ダンディな紳士! クリス・ハ…..? クリス・ハプラーだったっけ? あの人にそっくりじゃない」
そう思いながら、葉月はよそ行きの笑みを浮かべて答えた。
「あ、すみません……ちゃんと聞いていなくて」
「いえ、こちらこそ突然すみません。お住まいはお近くですか?」
「あ、はい。七里ヶ浜の方ですけど。お近くですか?」
「はい。僕は鎌倉なんですよ。奇遇ですね、同じ方向だ」
(何? これってナンパ? それともタチの悪い詐欺とか勧誘?)
葉月は少し警戒する。
「おっと、警戒されちゃったかな? そうですよね。いきなり声をかけられたら誰でもそう思いますよね。でも、僕は怪しいものではないんで」
男性はジャケットのポケットから名刺入れを取り出し、名刺を一枚渡した。
名刺には『株式会社glory 代表取締役 竹之内リオン(たけのうちりおん)』と書かれていた。
「僕は東京でいくつかの美容院を経営してるんですよ」
「はぁ……」
「お名前をお聞きしても?」
「あ、芹沢と申します」
「下のお名前は?」
「あ、それはちょっと……」
葉月は、見知らぬ相手にフルネームを教えたくなくて言葉を濁した。
「ガードが硬いところがいいですね。声をかけておいて言うのもなんですが、女性はそのくらい注意深い方がいい」
「はぁ……」
その時、クリス・ハプラー似の男は、腕時計を確認してからこう言った。
「おっと、時間が無くなってしまったな。僕はこれから次の現場へ向かわないといけないので、ここで失礼しますね。もしよろしければ、後日電話かメールをいただけると嬉しいです。ぜひまたお会いして、ゆっくりあなたとお話がしたい。じゃ!」
そして、クリス・ハプラー似の男は席を立ち、葉月にニッコリと微笑むと、店を後にした。
狐につままれたような表情の葉月は、
(な、何だったの? 今のは?)
心の中でそう呟きながら、とにかく落ち着こうと冷めかけのコーヒーを一口飲んだ。
その日は、それだけでは終わらなかった。
カフェで昼食を終えた葉月は、ショッピングモールに移動して買い物をしていた。
その最中、40代くらいのサーファー風の男性に声をかけられ、お茶に誘われた。
もちろん、その場でお断りをした。
そして、葉月は逃げるようにショッピングモールをあとにした。
(な、何なの? 今日は一体、どうなってるの?)
結局ゆっくり買い物をすることもできずに帰宅した葉月は、すぐに親友の千尋へメッセージを送った。
【緊急事態発生! 今度時間がある時話を聞いてよ!】
すると、まだ仕事中のはずの千尋から電話がかかって来た。
「どうしたの? 何かあった?」
「今、仕事中でしょう? 大丈夫なの?」
「取引先での商談が終わって、今駐車場の車の中だから大丈夫。この前聞いたビッグニュース! ほら、年下鉄道写真家とのお試し交際? その件で何か進展があったの?」
「その件じゃないの。もう何がなんだか分かんない」
「違う件なの? 気になるなぁ。じゃあさ、今日帰りに葉月の家に寄るよ」
「いいの?」
「今日は定時で上がれそうだから大丈夫。あ、途中で何かテイクアウトを買って行くから、夕食の支度はしなくていいよ」
「サンキュー助かる! じゃあ待ってるね」
「うん。またあとでね!」
千尋との電話を切ると、葉月はフーッと深くため息をついた。
コメント
89件
恋する女性は美しくなるのですね....✨✨ 髪型を変えた葉月ちゃんにモテ期到来💇♀️💕💕 賢太郎さ~ん、早く彼女をお誘いしないと~✊‼️ イケイケ~!賢太郎~!!!😎💐💕 放置してると、他の人に取られちゃうよ~🤭
賢太郎さん‼️はやくお誘いしないと葉月ちゃん他の誰かに取られちゃうよ😢
私も髪型変えたら……(笑)なんて、アホなこと考えちゃった(笑)