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俺は手に荷物を持ちながら、玄関で息を整える。買い出しは遅れた。少しの距離を往復しただけなのに、身体は重く、喉は砂を噛んだように乾いている。
扉を開けると、家の中の空気が凍りついていた。
「遅いじゃん、なにやってたの?」
沙耶香が、ふわりと笑いながら口を開く。だがその笑顔には毒が混ざっていた。
「待たせすぎ。やっぱりお前って使えないよね」
怜央菜も冷たく続ける。
背後から晃司が、足を踏み入れる音だけで空気を押しつぶす。
颯馬も加わり、兄弟の友人たち数人がリビングに集まっている。
全員の視線が、俺の胸を押しつぶすように集中する。
「ほら、そこ置け」
荷物を床に下ろすと、晃司が手を伸ばして強く押す。俺はバランスを崩し、膝を床に打った。痛みが喉の渇きよりも先に来る。
「……手加減しろよ」
そんな声は誰も聞いてくれない。笑い声だけが跳ね返る。
「……水は?」
俺が小さく尋ねる。喉がつっかえるように痛くて、声を絞り出すのもやっとだ。
「水? お前に飲ませると思ってんの?」
怜央菜が足で軽く俺の肩を押す。
「ちょっとでも飲んだら、次はもっと痛い目に遭うよ?」
沙耶香がニヤリと笑う。
俺は必死に顔を背け、声を抑える。
喉が乾ききって、唇の端から血が滲む。
それでも俺は、従わざるを得ない。
ここで何かをやれば、必ず怒りが跳ね返る。
颯馬の友人の一人が、俺の荷物の隙間に手を突っ込む。
「おい、動けるか? その腕、ちゃんと使えんの?」
荷物を取り上げられ、身体をぐいと押される。
痛みで思わず呻くと、晃司が肩を叩き、声を張る。
「その程度で声上げるな! まだまだだ、もっと動け!」
水もない、休憩もない、ただ身体と意識を弄ばれる。
友人たちは楽しむように、俺の動きを観察し、時折笑いを混ぜて罵る。
「お前、ほんとに使えねえな」
「そんな顔でよく生きてるよな」
声の一つ一つが、胸の奥に釘を打ち込む。
限界が近い。
立っているだけで力が抜け、膝から下の感覚が薄れていく。
喉の渇きが鋭利な刃のように刺さる。
それでも俺は、ただ息を整え、次の指示を待つしかない。
「はい、そこの棚の荷物持って」
晃司の命令で、また重い荷物を持たされる。
腕に力を込めると、全身の震えが止まらない。
「もっと、もっとだ」
颯馬が笑う声が追い打ちをかける。
何度も膝をつき、荷物を落としかける。
そのたびに友人たちが笑い、手で押さえつけ、身体を操作する。
言葉の暴力と身体の圧迫が重なり、喉の渇きがさらに耐えがたくなる。
床に落ちた食べ物や小さな水滴に、思わず手を伸ばしたくなる衝動が走る。
だが手を伸ばすと、笑いが爆発し、叩かれる。
「手を出すな、俺の指示以外じゃ何もできないだろ?」
晃司の声は低く、刃のように突き刺さる。
俺は俯き、限界の渇きと痛みの中で、小さく唸った。
身体が重く、息が苦しく、頭の中の意識が揺らぐ。
それでも、ほんのわずかに残る意識の片隅で、俺は思った。
――ここで折れたら、もう俺は俺じゃなくなる。
全員の視線と笑いに押されながらも、俺はただ耐えるしかなかった。
水も休憩もない。命令に従うしかない。
心の奥で、ほんの少しだけ、自分を保とうとする力を握りしめながら。