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ruruha
放課後。
教室には西日が差し込んでいる。
机の影が長く伸びていて、時間だけがゆっくり流れているみたいだった。
生徒はしばらく黙っていた。
それから言う。
「幸せになりたいんです」
遥は静かに聞いている。
「でも」
一拍。
「怖いんです」
沈黙。
「何が」
短く。
生徒は少し考える。
「失うのが」
教室が静まる。
「前は」
視線が窓の外へ向く。
「何も期待してなかったんです。どうせ無理だろって思ってたし」
一拍。
「だから諦める方が楽だった」
遥は何も言わない。
「でも」
生徒は続ける。
「たまに上手くいくことがある。少し楽しいとか、安心できる場所ができるとか」
一拍。
「そういうのができると」
声が小さくなる。
「急に怖くなる」
沈黙。
遥は机に指を置く。
「失う想像が始まるな」
短く。
生徒は頷く。
「終わったらどうしよう。
なくなったらどうしよう。
裏切られたらどうしよう」
一拍。
「考えます」
教室の空気が少し重くなる。
遥は言う。
「持ってない時は」
短く。
「失う心配もしなくて済むからな」
沈黙。
生徒は苦笑する。
「最悪ですよね」
一拍。
「欲しかったはずなのに、手に入ると怖い」
遥は否定しない。
「別に変じゃない」
短く。
教室が静まる。
「……そうですか」
遥は窓の外を見る。
「お前の場合」
一拍。
「幸せが怖いんじゃない」
沈黙。
生徒は顔を上げる。
遥は続ける。
「終わりが怖い」
短く。
教室の空気が止まる。
「……あ」
小さく出る。
遥は言う。
「幸せそのものは欲しい。安心も欲しい」
一拍。
「でも」
少し間。
「続かないかもしれない」
短く。
「そこが怖い」
沈黙。
生徒は何も言えない。
遥は続ける。
「だから」
一拍。
「手に入る前から離れようとする。
期待しないようにする。
本気にならないようにする」
短く。
「傷を減らすためにな」
教室が静まる。
「……あります」
小さく。
「楽しい時ほど」
一拍。
「急に冷めたくなる」
遥は言う。
「逃げ道作ってる」
短く。
沈黙。
教室の外で部活帰りの声が聞こえる。
「でも」
生徒は言う。
「実際、終わることあるじゃないですか」
遥は頷かない。
否定もしない。
「ある」
短く。
「人も変わる。環境も変わる」
一拍。
「終わるものは終わる」
教室が静まる。
生徒は目を伏せる。
「じゃあ」
小さく。
「怖いままでしかないじゃないですか」
遥は少しだけ考える。
「怖いままだろうな」
短く。
沈黙。
「ただ」
一拍。
「怖いから持たない、を続けると」
遥は言う。
「失う痛みは減る。でも」
少し間。
「手に入るものも減る」
教室の空気が静かに落ちる。
生徒は黙ったまま聞いている。
遥は続ける。
「お前は今まで」
一拍。
「傷つかない方法を探してきた」
短く。
「でも」
少し視線を向ける。
「生きるのって、多分そういうゲームじゃない」
沈黙。
生徒は止まる。
遥は言う。
「傷つかない方法じゃなくて」
一拍。
「傷ついても戻ってくる方法の方が大事だ」
教室が静まる。
生徒はゆっくり息を吐く。
「……失わない方法じゃなくて」
一拍。
「失っても終わらない方法か」
遥は短く言う。
「そうだな」
沈黙。
窓の外は少し暗くなっている。
生徒は立ち上がる。
「幸せが怖いんじゃなくて」
一拍。
「終わりが怖かったのか」
鞄を持ちながら呟く。
遥は何も言わない。
幸せを怖がる人は、幸せを嫌っているわけじゃない。
むしろ逆だ。
大事だと知っているから怖い。
失いたくないと知っているから怖い。
だから本当に向き合う相手は、幸せそのものではなく、「終わるかもしれない未来」なのかもしれない。
コメント
1件
第100話、お疲れさまです。教室の西日と沈黙だけでここまで空気を作れるのが本当に巧いなと思いました。「幸せが怖いんじゃない、終わりが怖い」——この一文で、ああそうかと腑に落ちる感覚がありました。失う痛みに備えて距離を取る、その回路を「生きるゲームのルール」として捉え直す台詞回しがとても好きです。100話という節目に、この密度の対話を置いてくる構成、美しかったです。