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放課後の相談室。
窓の外で運動部の声が少しだけ聞こえている。
ドアが開いた。
「失礼します」
入ってきた生徒は椅子に座るが、背中はあまり預けない。
「相談ってほどじゃないんですけど」
日下部は頷くだけ。
「別に大きい問題じゃないんです。ケンカとかでもないし、いじめとかでもないし。誰かに何かされたわけでもない」
生徒は机の端を見ながら続けた。
「だから相談って言うのも変なんですけど……ずっとモヤモヤしてて」
「何に引っかかってる」
「それが、はっきり分からないんです」
少し笑う。
「友達と話してて、なんか微妙に引っかかる言い方されたりするんです。でも悪口じゃないし、冗談っぽいし、その場では普通に笑うんです」
視線を落とす。
「でも家帰ると、“あれどういう意味だったんだろう”って考えたりして。“ちょっとバカにされてた?”とか」
短く息を吐いた。
「次の日会うと普通なんです。相手も普通だし。だから言うほどのことじゃない。でも消えない」
日下部は少し考えてから言う。
「それは小さい違和感だな」
生徒は顔を上げた。
「違和感」
「大きい問題じゃない。でも感覚は残る」
生徒は頷く。
「証拠もないし、気にしすぎかもしれないし。だから誰にも言えない感じです」
「人は大きい問題より、小さい違和感の方が長く覚えてることがある」
「そうなんですか」
「大きい問題には名前がつく。ケンカとか裏切りとか。でも小さい違和感は名前がない。だから処理できない」
生徒は黙って聞いている。
「じゃあどうすればいいですか」
「二つある」
「二つ」
「一つはメモする。違和感があったとき、何を言われたか、自分がどう感じたかを書いておく」
生徒は少し笑う。
「メモですか」
「感覚は単発だと不安になる。でも繰り返すとパターンが見える」
日下部は続ける。
「同じ違和感が何回も出るなら、それは気のせいじゃない」
生徒は考える。
「もう一つは?」
「距離を少し調整する」
「距離」
「ケンカするほどじゃない。でも完全に近づきすぎない。半歩だけ引く」
生徒はゆっくり頷いた。
「たしかに……全部近くに置きすぎてたかもしれません」
「人間関係は距離の調整でだいたい楽になる」
生徒は立ち上がる。
「相談するほどじゃないって思ってました」
ドアの前で振り返る。
「でもちょっと楽になりました」
日下部は言う。
「小さい違和感は放っておくと増える。早めに整理した方が楽だ」
生徒は頷き、ドアを閉めた。
大きな問題じゃなくても、
小さい引っかかりは心の中で長く残ることがある。
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