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放課後、部活の声が遠くに響く静かな教室。
ドアが少しだけ開いて、女子生徒が顔をのぞかせた。
制服の袖を握ったまま、そっと日下部の前に座る。
「……特に悩みがあるわけじゃないんです」
ためらいがちな声が、空気を震わせた。
「でも、なんか、毎日が空っぽっていうか。
テストもそこそこ、友達とも普通に話して、
表面だけ見れば何も困ってないはずなのに……
心だけ抜け殻みたいで。
“楽しい”って言っても、自分の声がどこか遠くで響いてる感じ」
日下部は机に肘をつき、視線を落とした。
「……それ、わかるかも」
短い言葉を置き、窓の外に視線を移す。
「毎日ちゃんと動いてるのに、
中身がない気がして、
誰かの“正解”を演じてるだけみたいな、あれだろ」
女子生徒がわずかに目を見開いた。
「……日下部も?」
「俺もな、朝起きて学校行って、
笑ったり喋ったりしてるけど、
“今日の自分ってなんなんだろ”って
ふっと考えるときがある」
彼は机の木目を指先でなぞりながら言葉を続けた。
「でもさ、空っぽって“何もない”じゃなくて、
“まだ何も入ってない”ってだけかもしれない。
空のグラスみたいなもんで、
これから何を入れるか、ゆっくり決めていいんだと思う」
彼女は小さく息を吐いた。
「……決めなくちゃいけない気がしてた」
「急がなくていい」
日下部は軽く首を振る。
「何かを“好き”って感じるまでに
ただ生きてるだけの時間があっても、
それは空白じゃない。
静かに溜めてる時間、ってやつだ」
教室に、夕暮れの光が差し込む。
二人の影が、ゆっくりと長く伸びていった。