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#読み切り
ruruha
656
ゆうまる
121
移される、という言葉は正確じゃなかった。
運ばれるでも、連れて行かれるでもない。
邪魔だから、どかされる──それに近い。
「ここ、もう使わないし」
誰かがそう言い、空気が決まる。
遥は歩かされる。
正確には、歩かされている体裁を保たされる。
背中に触れる手は、支えじゃない。
倒れない位置に置くための確認。
廊下に出ると、音が変わる。
さっきまでの笑い声が壁に吸われ、
代わりに、靴底と床の擦れる音だけが続く。
「こっち」
短い指示。
理由はない。
階段を下りる。
一段ごとに、脚が言うことをきかなくなる。
でも止まらせてもらえない。
「遅いな」
「ほら、置いてくぞ」
置いていかれる、という言葉が
脅しじゃないことは、もう分かっている。
置かれる場所が変わるだけだ。
外に出る。
空気が冷たい。
でも、寒さに集中できるほど余裕はない。
次の場所は、
誰も使っていない空きスペース。
名前のない場所。
人が来ない前提で存在している場所。
「ここでいいだろ」
「声、響かないし」
遥は座らされる。
いや、座らせた形にされる。
姿勢はどうでもいい。
崩れても直されない。
「さっきより静かだな」
「やっと場所に合ってきた?」
周りの会話は続く。
遥を話題にしているのに、
遥に向けてはいない。
「動かなくなったらさ」
「それはそれで、完成って感じしない?」
完成、という言葉が
何を指しているのか分からない。
でも、良い意味じゃないことだけは分かる。
(……ここ、どこだ)
(戻る場所、あったっけ)
考えようとすると、
頭の奥が鈍く痛む。
「ほら、顔上げて」
そう言われても、
上げたところで何も変わらない。
「移動しただけで、別に終わってないから」
その一言で、理解する。
場所が変わったのは、区切りじゃない。
ただ、続きをやりやすくしただけ。
遥は、そこに置かれたまま、
自分が“どこにいるか”よりも、
どこにもいない感覚の方が強くなっていった。
コメント
1件
ああ、これ、すごく嫌な空気がビンビン伝わってくる……。 「邪魔だからどかされる」「歩かされる」って、主体性を完全に奪われた感覚の描写がめちゃくちゃリアルで、読んでて胸が苦しくなる。特に「完成って感じしない?」のセリフ、冗談のふりして一番ヤバい響きだよな……。遥の「どこにもいない感覚」が、このエピソード全体にずっとまとわりついてて、次の展開がどう転んでも読むしかない感じだわ。38話、いいとこで終わってる。